第249話 読みは当たるも詰めを間違う

「これでこの回、あなたはもう邪魔できなくなったわけね。安心して投げられるわ。考えてみれば、四投目に入るのは初めて。だったら今度は」

 饒舌に語った神内はサイコロを右手の中に握ると、上下に何度か拳を振ってから机へと転がした。サイコロは――当然のように――4の目を出して止まった。

「うん、うまく行っている。狙ったつもりがなくはないんだけれど、1、2、3、4と小さい順に目が出ているわよ。このままだとパーフェクト達成かも? どうする、貴志道郎サン?」

 少し前から多弁になって、やたらと煽ってくるなあ。私に今から予想を書き換える権利があるのならまだ分かるが、ないのだからこの煽りには意味がない。

「御託はいい。早く振って」

「はいはい、と」

 神内の五投目。サイコロを斜めに傾けて持った彼女は、コマを回すのに似せて捻って放る。

「5、出て!」

 おまじないを掛けるように声に出し、手を拝み合わせている。神が神頼み? まさかそんなことはすまい。全ては挑発であり、私の焦りを誘うためのはず。

 そうして出た目は5であった。

「よし。これでリーチが掛かったわよ」

「だな。正直、驚いている」

 嘘は言っていない。私は正真正銘、驚いていた。ここまで、読みが当たっていることに。

 今回、予想を書き記す前に神内がサイコロを振る様を思い出してみて、どれも個性的な投げ方をしていたなと感じた。さらに、人間とは違う目を持っているという風な発言が、心に引っ掛かったし、サイコロの目も私が振った分も併せれば早々と全種類出ていた事実も気になった。

 そこから私は妙な仮説を思い付いたのだ。

 つまり、神内は一度見たサイコロの振り方を忠実に再現でき、しかもその出目はオリジナルと一緒の目になるのではないか?ということを。

 事実、ここまでの経緯を振り返ると、彼女は私が1を出したときと同じ振り方で1を出し、彼女が2を出したときと同じ振り方で2の目を出した。以下、同じである。

 きれいに1から6まで順番通りにやってくれるかどうかは定かじゃなかったが、私はこの仮説に賭けてみた。予想はA.一投目は1、Bは六連続で被りなく成功した後の失敗だから7。問題はCで、失敗したときの目は分からない。が1~6を一巡して最初に戻るとしたら1だろうと見越し、1とした。二度続けての博打に現時点では成功している。

「次の六投目で6が出たら完璧。それ以外なら終了。あなたがどんな予想をしていようとも、私が10ポイントを取ったら逆転よね」

「……」

 依然として挑発的な言葉を吐き続ける神内。勿体ぶっている様子なのは楽しんでいるからか? 捕まえてきたネズミを人の前まで持って来て弄ぶ家猫のように。

「私の三投目を邪魔したんだから、まさかBの予想を7にしているはずがないし。ここで失敗しても、私には3ポイントが入るから気が楽だわ」

「いい加減、投げてくれないかな」

 クールに促すつもりだったが、実際にはいらいらした口調になっていた。これ以上しゃべるとこっちがぼろを出してしまう。警戒した私は唇をぐっと噛んだ。

「――うふふ。そろそろ投げるわ」

 サイコロを手に取った神内。私は彼女がどのような持ち方をして、どういうスタイルで投げるかに意識を集中し、固唾を飲んで見守った。さっき神内が6を出したときはふわっと放り投げていた。あれと同じ格好で投げたら恐らく6が出る。

 果たして神内は、サイコロを放った。最前と同じような放物線を描き、机の面に落ちていく。

 私は早すぎるガッツポーズをしないよう、左手で右手を押さえた。

 サイコロが机に達し、転がる。そして6の面を上にして止まろうかというそのとき。

 がこん。

 耳障りな音がして、机が傾いた。止まりかけていたサイコロは跳ね、再び転々とした挙げ句、机の外に落ちた。

「あ、やっちゃった」

 机を傾けた張本人(神)が言った。声が芝居がかって聞こえる。

「6が出そうに見えて、興奮してつい、膝が机に当たっちゃった。でも問題は全然ないわよね。机に一度しか触れられないのはチャレンジャー側に課せられた制限であり、シューターである私が机に膝をぶつけたのはルールに抵触しない」

「――そうだな」

 不承不承ではあるが認めざるを得ない。

「それに1から6まで被りなしに出すことに成功しそうだったのに、やり直しになったんだから、あなたにとったらラッキーよね」

「かもしれない。6が出ていたかどうかなんて、誰にも分からない」

 対応しながらも違和感に苛まれる。

 六投目の前にあれだけ煽り、挑発してきたのは決して無意味な行為ではなく、私の身体がどう反応するかを観察するためだったのでは。

 私自身は平静を装って自然体でいようとしても、全身くまなく詳細に見ることができるであろう神の目を持ってすれば、某かの特徴を捉えた可能性は高い。10ポイントを取られそうなのに落ち着いているな、とか、机に触れられる権利を早々に使ったことに対する後悔が微塵もないな、といったあって当たり前の反応が、私の身体には見られなかったんじゃないだろうか。


 つづく

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