第250話 ポテチは違う、スターの方

 そういった観察結果を総合し、彼女はこのまま6を出すとまずい事態になるに違いないと予測したんだろう。それでも最後、投げるときのポーズが6を出すためのものだったのは、ぎりぎりまでこちらの反応を見極めようとしたから。私のどこかに「6が出たらだめだ、やばい!」的な反応が現れたら、そのまま6が出るのを待ち、反応がなければ誤って膝を机にぶつけてしまったふりをして、サイコロの目を6以外にするか、床に落として無効とする。言うなれば負けのない、両張りをしていたのだ。

 案の定、神内はやり直しの六投目では2を出すときの動作を使った。サイコロはその通り、2が出て被りが発生。

「あらら。折角のパーフェクトペースだったのに、膝をぶつけてけちが付いてしまったみたい。ま、しょうがないわ。予想の内容を拝見するね」

 奥歯を噛み締める私を置いて、彼女は一人でどんどん進める。予想の紙に視線を落として、「危なかった」と安堵していたが、どこまでがお芝居なのやら。

「Bが7だなんて。それにCも1だったとは。今さっき、六投目が1だったら1ポイント奪われていたことになるのね。よかった~」

 第二セット前半戦は、神内が3ポイント、私は1ポイント獲得。最初のセットと合計して4ポイント対4ポイントのイーブンとなり、リードの2ポイント分をあっという間に詰められてしまった。

 神内はサイコロの目を思うがままに出せると見て間違いない。圧倒的に不利な立場に追い込まれてしまった。このままでは勝ち目が薄い、薄すぎる。

「提案がある」

 だめ元で切り出してみた。

「何?」

「正直なあなたなら認めてくれると思うんだが、投げ方を一度見れば忠実に再現できるんだよな」

「さあ、どうかしら」

 しれっと答える神内。そっぽを向いて口笛を吹こうとするもうまく行かない、という“嘘をつくのが下手な演技”をしている。

「じゃあ仮にでいい。仮にそんなコントロールができるんだったら、最早それはギャンブルとは言えない、だろ? ほぼ必勝法だ」

「まあ確かにね。看破したあなたに敬意を表して、次の最終セットでは使わないと約束してもいいわ」

 渡りの船の申し出に、自分の表情に喜色が浮かぶのが分かった。

「ありがたい。さすが、ギャンブル好きの神様だ。――ただ、使わないと約束しておいて万が一、出目が六回重ならずにパーフェクトを達成したらどうだろう? お互いにすっきりしないんじゃないか」

「うーん、私を信用してもらうしかないでしょ」

「信用してるさ。だけど、簡単に公平さを担保できる方法があるとしたらそれを採用するに越したことはない」

「そんな方法があるのなら採用してもいいわ。けれども、どうやって?」

「サイコロを、丁半博打の壺みたいな容器に入れて振ればいい」

「ははん、そういうこと」

 相手がうなずくのを横目で見つつ、私はクラス担任の机の方を向いた。現実の教室が再現されているのであれば、担任の机の上には、ペンや物差しなどを立てて入れる容器があったはず。確か、ポテト系スナック菓子の筒だ。深さがあるから内部に綿を敷いてかさ上げしてたっけ。

「容器はどうするの? こっちが出してあげてもいいけれど、イカサマを疑われている身ではそれはできない。教室には一輪挿しの牛乳瓶ならあるけれども、中が見えるガラスじゃ駄目でしょうし」

「あの筒を使う。ちょっと長いからカットする必要がありそうだが」

 私は立ち上がって、担任の机まで行くと目を付けた筒を手に取った。綿も含めて中身を出し、カッターナイフで底面から十センチ辺りを水平に切る。私は片目を瞑って、その切り口を仔細に見た。

「……縁が若干、ぎざぎざだな。完全に平らとは言い難い。ちょっとでもきれいにしておこう」

 私は私はカッターナイフの他、セロテープなども使って仕上げた。

「これでどうだろう?」

 元の席に戻って、筒を見せる。

「悪くはないわ。これ、あなたも使うのよね?」

「公平を期すのなら、それが当然かな」

「だったら、このあとの第二セット後半で使うのはやめておいた方がいいわ。私の目はあなたの投げ方を見て、また覚えてしまうから」

「そ、そうか。じゃあ、第三セットでのみ使うことにしよう」

 神の目、恐るべしだ。


 第二セット後半、シューターは私。出したい目を上にして、横回転のみを与える投げ方に徹した。それが功を奏したのか今のところ、3、4、6と被りなく来ている。

 客観的に見れば、力の入れ方が弱くて、ほとんど置きに行っているような投げ方になっていたかもしれない。が、神内からクレームが付かなかったので有効とされた。

「この調子なら、最終セットも素手で振りたいくらいだ」

 自分から提案しておいてちゃぶ台をひっくり返すような軽口を叩いたのは、三投目のあと神内が机をがたつかせて邪魔しに来なかったのが気になったから。こっちは、邪魔されたときに備えて、さっきやられた防御策のお返しをしようと身構えていたのに。

「いいわよ」

「ん?」

「最終セットでのシューター、素手で振りたければ素手でやればいいし、筒を使いたかったら使えばいい」


 つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る