第173話 それって航時法違反とかにならないか

「天瀬さん、ちょっと気分が悪そうにして、遅れ始めて、それで長谷井が委員長として天瀬さんを看てあげてたんじゃないの? 自分はそういう風に受け取った。長谷井が天瀬さんをいいなと思ってるのは知ってるけどさ」

「それなら話が早い。六谷君が見た限りでは、二人が最初っから示し合わせて、二人きりのデートに持ち込んだっていう雰囲気じゃなかったと?」

「もちろん。あれがお芝居だとしても、わざわざお芝居する意味がないよ。自由に行動していいんだから。すっと離れればすむ話」

 見た目は小学生でも、心は高校生であるせいか、割り切った口ぶりで言い放つ六谷。

「ん、分かった。参考になったよ」

「え、何よ。何があったのさ。今言ったのは大外れで、二人はデートしてたってか?」

「いや、それはない、と思う。二人が黙ってはぐれたことと、その後親しげに話していたこと、はぐれた理由を説明しないことが問題になっていると言えばなっている」

「ふうん。ま、好きな相手とのことなら、周りに嘘をつくことはあるかもしれないけどさあ。――あ、そうだ。先生に謝らなくちゃ」

「え、謝るって何を」

 唐突な切り出し方に、私は送受器を持ち替えた。

「いや~、軽い嘘というか、突っ込んで聞かれなかったから言わなかっただけなんだけど、そのせいで罰が当たって、今日休む羽目になったのかなって気がするんだよね。だから、早めに白状しとく」

「もったいを付けずにだな」

「分かってるって。水族館で岸先生と二人だけで話したときのこと、覚えてるよね?」

「もちろんだ」

 あの打ち明け話には強烈なインパクトを受けた。忘れようはずがない。

「あのとき、僕は九文寺さんのことを今の今まで思い出さずにいた、みたいなしゃべりをしたと思うけど」

「うん、まあ、そうだな」

「ほんとは、ずっと以前から意識していた。この二〇〇四年の世界に飛ばされてしばらくしてから、ふっと思い付いたんだ。この時代の九文寺さんと話ができないだろうか。会うのは無理でも、声を聞くくらいなら簡単なんじゃないかって」

「ということは、まさか、電話したのか」

「うん、そう。過去に送られた最初の頃はとても不安で、心寂しいっていうか。そりゃあ周りに家族はいたけどさ。これからどうなるんだろうってね。それで思い付いたのが、彼女の声を聞く」

「気持ちは分かるが……」

 まだ知り合っていない、将来の彼女に電話するのは、過去への干渉だろう。下手を打つと、将来の出会いがなくなる恐れがあるんじゃないか。

 私が天瀬の身を守るのとは状況が違う。天瀬は将来、私と出会って結婚することになっている、つまりこの時代から十五年間を無事に乗り切るのが元々定まった過去であったはず。それが何らかの理由があるのか手違いが起きたのかは知らないが、過去に変化が生じて天瀬の無事が保証できなくなった。なので私が送り込まれて、過去を修復する権利を与えられたんだと思っている。

 六谷の場合、まだ使命が何か分からない、そもそも使命があるのかどうかも不明だが、将来の恋人に積極的な必要性なく、ただ単に淋しいからという理由で接触を図るのは、やり過ぎではないかと懸念されてならない。

「どんな話をしたんだ?」

「声が怖いなあ。たいしたことは喋ってない。何せ、ほぼ無言電話だったから。僕としちゃあ、声だけ聞けたらよかったんだからね」

「君は名乗らなかったんだな?」

「あったり前だよ。名乗ったって、話が続かないのは目に見えてる。逆に、変な男として記憶されるのが落ち」

 いや、無言電話だけでも、気味悪がられてはいると思うぞ。そのことを指摘すると、

「うん、それは自覚したから、四回か五回でやめた」

 と、どことなく自慢げに答えた。“己をセーブできる僕って格好いい”ってところかな。

「そんなに何度も掛けたのか」

「やばい奴みたいに思わないでよ。だから水族館では言いたくなかったんだ」

「うむ、それは分かってる。ただ、彼女への電話に限らず、あまり無頓着に行動するのも、考え物だってことさ。ちょっとしたきっかけで、未来が悪い方へ変わるかもしれないんだ」

「それくらい、理解してるって。仮に偶然、町で九文寺さんを見掛けたとしても、遠くから眺めるだけで我慢する」

 心底理解できているのか多少不安だが、口うるさく言って反発されるのも避けたい。何たって、六谷と私とはタイムスリップについて話し合える、唯一の仲だ。

「先生の方も気を付けなよ」

「ああ、もちろん」

「それに、タイムスリップの話、電話でするもんじゃないっていう口ぶりだったのに、こっちがちょっと話し出したら、乗ってきて」

「あ、そうだな。そこを突かれると痛い」

 恥ずかしさを覚えたものの、いや今し方の状況では仕方がないだろうと思い直す。将来知り合う人相手に電話を掛けた、なんて知らされたら、そりゃあ慌てるさ。詳しい話を聞いてみたくもなる。

「この勢いで、前の話の続きをしてくれるかな?」

「いや、だめだ。区切りを付けないとな。ここまでにしておく」

「しょうがない。明日の楽しみに取っておくとするか」

 電話を通して届く気配で、向こうは大きく伸びをした様子が分かった。

「身体が子供のせいか、眠くなるのが早いんだよね。先生の方はそういうのないでしょ。同じぐらいの年齢の身体に入り込んだんだから」

「そうだな。もうこの手の話はいいから。眠いんなら早く寝ろ。体調管理もな」

「寝ろって言うけど、まだ晩飯食ってないんだ。眠いのは、薬を飲んだから――」

 六谷はまだ何やかや言っていたが、こちらから電話を切った。


 つづく

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