第89話 手足の違い

 金曜の授業は5,6コマ目、委員会活動の時間を迎えていた。自分が受け持つのは第一整理委員会。各学年の児童に、家庭で使用済みになったアルミ缶を持って来てもらい、集めて、平べったく潰して、改めて一箇所――グランドの隅にある集積場にまとめて保管。後日業者に持って行ってもらって、お金と交換というリサイクル活動だ。もちろんお金は学校の物になるのではなく、盲導犬の育成などの寄付に回る。

 そういえば、開けたら缶本体から離れるタイプのふた(プルタブ、プルトップ)は缶以上にポイ捨てされるため、プルタブを拾い集めようという美化&リサイクル運動があったと聞いたことがある。で、何故か、離れないタイプのふた(ステイオンタブ)が普及以降も、いちいちタブを外して缶とは別に集めるところがあるそうな。よく分からないな~。幸い、この学校では空き缶を丸々潰すスタイルを採用しており、手間が少なくて済む。

 だから手間と言えば、紛れ込んでいる鉄の缶を分別することぐらいか。十五年後には、少なくとも缶ジュースではスチール製の物なんてとんとお目に掛からなくなるが、この時代だと少ないながらもまだ一定の割合であるようだ。製鉄会社が一大企業として構えている区域だと、缶ジュースもスチール製が根強く残り、アルミ缶への切り替えが遅れ気味だった気がする。この辺り一帯にも鉄鋼関連の企業があるのかな。

「誤って手や指なんかを挟まないように注意を怠らないこと」

 手動(というより踏んづけるから足動か?)タイプの空き缶プレス機を使う児童らを横目で見やりながら、私自身はスチール缶の発見に努めていた。機械を扱うのを見守るのは安全のためだが、こちとら整理委員会を受け持つのがなにぶん初めてのことなので、慣れない。つい、手元が疎かになる。

「またあった。またコーヒーだよ」

 うちのクラスの男子、堂園が辟易したように言う。実際、この子のところにスチール缶が回る割合が高くなっているようだ。

「缶コーヒーはほぼ間違いなく鉄だから、最初っから持って来ないように徹底させたらいいのにな」

「ほんとだよ。先生、今度言ってよ。校長先生に頼んで、お触れを出すように」

 お触れという言葉を知っていて、なおかつ使うことにちょっぴり驚いた。時代劇でも見たんだろう。

「汚れているのがたまにある方が嫌だわ」

 よそのクラスの六年女子――あの雪島が言った。堂園も同調している。

「学校で洗ってくれたらいいのに」

「さすがにそいつは厳しいな。みんなの家庭一戸々々でやってくれるのが効率がいいし、協力してこそのリサイクル活動だろ」

「じゃあ、缶に名前を書くようにして、きちんと洗ってなかった子には何かペナルティを」

 現実的ではないが面白い提案だ。罰があると思えば、きちんと洗うようになるかもしれない。リサイクルの理念から外れているような気もするが。

 と、それよりも気になることが目に止まった。

 さっき触れたプレス機は一台しかなく、全部の缶を機械で潰そうとすると時間が足りない。当然、足で直に踏み潰す方法も取り入れているのだが、雪島は何と、手で潰している。軍手着用ではあるが、危なくないのか。このことを岸先生は承知していたんだろうか。

「あー、雪島さん。前にも言ったかもしれないが」

 探り探り、注意をしてみる。

「手でやるのは足よりも危険だから、充分に気を付けて、ちょっとでもだめだと思ったらやめるように」

「はい。でもこれ、いいトレーニングになるんで、簡単には――」

 胸の前で缶を挟み持つと、ぐっと力を込める雪島。あっという間に平らになった缶が、でかいコインみたいにころんと転がり出た。

「――やめられません」


 つづく

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