第88話 段違いの知名度に助けられ
この考えは、前よりも一層手応えを感じられた。さらに、これが真実を射抜いているのであれば、彼ら二人の不倫を岸先生が認識したことと、部屋で襲われたこととに関係があるのかどうかが気になってくる。関係ありと見るのが有力だが、一方で、教職者ともあろう人が……という常識的判断もしたくなる。
推測の積み重ねを続けていても、これ以上の進展は期待できない。まずは、マークの意味を確定させたい。
私は脳細胞をフル回転させ、どうすれば分かるのか、集中して考えた。
そして、方法を見付けたのである。見付けた瞬間、笑い出したくなるほど簡単なことだった。
「先生、何にやにやしてるの?」
天瀬が不思義そうに見上げてきていた。ほんとに表情が緩んでいたらしい。
「テレビが見たいだなんて珍しい」
昼休み、職員室に戻った私は、上川先生にテレビを気軽に見られる所ってありませんかと聞いた。職員室に一台あるが、スイッチが入っているところを見たことがない。視聴覚教室にあるが、勝手に使うのには二の足を踏む。
上川先生が教えてくれたのは、「だったら保健室に行けばいい。置いてある。近頃、吉見先生とよく喋っているみたいだし、頼めば見せてくれるんじゃないかな」とのことだった。
早速保健室に向かい、昼食をゆっくり摂っていた先生にお願いしてみた。対して言われたのが、「テレビが見たいだなんて珍しい」である。
「かまいませんか」
「もちろん。どうぞ」
席を移動してくれた。彼女が最初に座っていた位置が、一番テレビを見やすいようだ。その上、吉見先生は立ってスイッチを入れるまでしてくれた。
「あ、すみません」
「いえ。リモコンが壊れていて」
「修理するなり、新しいリモコンを買うなり、学校でできないんですかね」
「備品じゃないので無理。これ、前の保健の先生が寄付してくださった物なんです」
なるほど、年代物のアナログテレビだ。あと数年で単独では使い物にならなくなるんだなあ。
「それで何チャンネルですか。何かありましたっけ?」
「えーっと、ワイドショー的なところならどこでも」
「ええー? 岸さん、興味あるの?」
「は、はあ、まあ、人並み程度には」
こんなに驚かれるとは思ってもみなかった。岸先生って結構堅物だったのかな? あ、あんまり芸能人や有名異人に関心がなかったとしたら、私の思い付いた方法はだめかもしれないんだが。
要は、世間的に明らかな有名人カップルや夫婦を見て、もやもやデータを覗かせてもらったら、名前脇のマークの意味がはっきりするんじゃないかと考えたのだ。世間のほとんどが知っているような有名人同士のカップル、それもなるべく最近のやつ、何があったかなあ? うまい具合にテレビに出てくれればいいんだが。
なんて憂慮していると、ワイドショーでオリンピック関連のトピックスになった。国民的に有名な女子柔道選手が映り、インタビューに答えている。と、画面の右上に、縦長の楕円に抜かれた男の写真が出る。
あっ、これはいい! 柔道選手の旦那であるプロ野球選手だ。この有名な女子柔道家とプロ野球選手が結婚したのは……今いるこの年から見て去年か。これならたとえ岸先生が芸能に興味がなくたって、認識しているに違いない。
果たして思惑通り、柔道選手、プロ野球選手双方の名前の脇には、同じハートのマークがぽつんと付いていた。
よしっ、これで確定だろう。マークは互いに好きな異性それぞれに付くのだ。
つづく
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