第87話 違和感を埋める推測

 いや、それはさすがにない。

 即座に判断できたのは、もし万が一岸先生が興信所に依頼して柏木先生を調べさせていたのなら、その報告書がどこかにあるはずだ。この部屋について、私は繰り返し“家捜し“をしている。報告書なんて仰々しい代物はなかった。捨てるとは考えられない。むしろきちんと保管するだろう。それがないんだから、調査依頼なんかしていない。

 ついでに言うと、興信所の力を借りて柏木先生のことを色々把握したのであれば、依頼したこと自体、彼女のもやもやデータに記載されていてしかるべき。だが、実際にはこれもなかった。もやもやデータを信頼して、岸先生の潔白は証明されたことにする。

 でもこうなると、どうやって二人の関係を認識するに至ったのかますます分からなくなる。やはり、マークの解釈が間違っているのだろうか。しかし他の解釈なんて思い浮かばないし。

 教頭と柏木先生が親密だと示す何かを見掛けたんだろうか。学校の中では警戒して、軽はずみな真似はしまい。目撃したなら、学校の外に違いない。

 ……また勇み足が始まったよ。

 全ては明日以降、弁野教頭が既婚者か否かを見てから。そう決めて、眠りに就いた。


 金曜日になり、学校に行くと、弁野教頭が来ていた。昨夕、元気そうに見えたから完全な復帰も早いだろうなと予想はしていたが、昨日の今日とは。まあ、ありがたい。おかげでもやもやデータを覗かせてもらえる。

「やあ、岸先生。昨日はどうも。あなたの様子を見て、踏ん切りが付いたんですよ。怪我を負ったあなたがこんなすぐに復帰しているというのに、教頭の自分が体調不良を理由にだらだらと休みを長引かせていてはいかんと、気合いを入れてきた」

 本当に元気に喋りかけてくる教頭。肌つやもよい彼を前に、私は「それはよかったです。お役に立てたのなら光栄だなあ」なんて受け答えをしながら、弁野保その人のデータを“閲覧”した。

 ……あちゃあ。やっぱり結婚されていた。同い年の夫人がいる。

 不倫しているのかねえ。これがもし本来の私、貴志道郎の職場での出来事だとしたら、「困ったもんだ」で片付けられない質なんだが、今置かれている立場は微妙と言えば微妙。例によって後々のことを考えると、岸先生に迷惑が掛からないよう、大人しくスルーすべきかもしれないな。マークがあるっていうことは、岸先生自身、黙認していたかもしれないわけだし。

 いやいや、待て。おかしい。好きな異性ランキング一位の柏木先生が妻帯者と不倫関係になっていると分かっていながら黙認なんて。それって恋愛なんかじゃなく、崇拝に近くないか? あり得ない。

 だいたい、妻のいる男の不倫していると知った時点で、ランキングが下がるもんじゃないのか。ずっと一位キープって、どんだけ柏木先生に惚れてるんだよ、岸先生。

 それとも……。私は他の可能性に気付いた。

 不倫を認識したものの、好きな異性ランキングに反映される前に襲撃され、意識を失ったんだとしたらどうだろう。そしてそのまま、私の意識が彼の肉体を引き継いだ――これなら、この一見矛盾するような二つのデータも並び立つのではないか。


 つづく

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