第308話 保証された時間とは違うけれど

 すっかり頼られてしまっている。体よく利用されている、という気がしないでもないが、自分の他に適任がいるとも思えない。

「了解しました。もう一つだけ、ないとは思いますが、重要なポイントなので確認したいことがあります」

「何でしょう?」

 穏やかな口調が続く三森刑事。いつも以上に丁寧に応対してくれているのが分かる。組織の身内のことだからというのは当然あるに違いないが、そうと分かっていても彼に好感を持てた。

「陣内さんが拳銃を携行している、なんてことはないでしょうね?」

「ありません」

 私としては冗談交じりの確認のつもりだったんだけど、三森刑事は至って真剣な物腰で返答してきた。

「今の状況で警部補が拳銃を持ち出していたら、それこそ大ごとだ。公になっているかどうかは別として、恐らくは署を挙げての大捜索になる」

「理解しました。つまらないことまで聞いて、すみません」

「いえ、こちらこそ分かっていて無茶ぶりをするのは心苦しいのですが……」

 時計が視界に入った。今度こそタイムアップだ。

 電話を終えると、私はひとまず日々の暮らしのレールに戻った。


 予定していた個人面談、十名全員をこなしてほっと息をつく。

 陣内刑事の県が頭の片隅にあって気もそぞろだったため、それぞれの面談がうまく行ったかどうか、自分では判断しかねた。手応えがあったとは言えないが、ミスもしていないと思う。

 私は可能な限り急いで下校し、途中、天瀬宅のすぐそばを通って、話し声や物音から無事でいることを確認した。それから自宅アパートに戻ると、着替えも何もせずに、神様を呼び出すのを試す。これは学校にいるときから決めていた。尋ねたい事柄が山ほどある。

 呼び出すの一日一回、夢の中だけ。しかも昼寝をされても対処できないと言われたけれども、夕方ならどうだ? 今朝は忙しがったせいで寝床は敷いたままだから、すぐにでも横になれる。眠れるかどうかは分からないが……。

「神内さん、招集だ。無理なときは無理って、夢の中で教えてくれよ。無駄に眠りたくないんでね」

 天井を見上げながら声に出してそう告げると、私は薄手の毛布を鼻先まで被った。


 ~ ~ ~


「そんなむさ苦しい、汗臭い状態でディナーに誘わないでくれる?」

 最早聞き慣れた声に、がばっと身を起こす。寝床はすでに見当たらなかった。アパートの部屋ですらない。今回の空間は……レストランか? 焦げ茶色をした石レンガ造りの壁に、白の木枠で十字に区切られた窓。丸テーブルが適宜配置されたフロアを、制服姿のスマートな従業員が時折行き来している。通常のお店よりも暗いなと思ったら、店内の照明は火を灯すタイプのランプだった。

「まじでディナーか。こっちは誘った覚えはないのだが」

「時間帯から言って夕食でしょ。ドレスコードのないお店ってことにしておいたから、気楽にね」

 そう言う神内はドレスアップしていた。黒を基調とした大人の装いで、どちらかと言えば似合っていないが、ぎりぎり馬子にも衣装ってところでそれなりに見られる。

 私は店内――と思われる区間を見渡し、懸念を表す。

「何組か、他にも客がいるようだが、彼らに会話を聞かれる心配は? 従業員もいる」

「ご心配なく。彼らは私の方で雰囲気作りのために出したモブだと思ってくれていいわ。内緒話を聞かれても漏れることはない」

「それならば結構。で、料理のオーダーをしなければ話は進まないのかな?」

「どちらでもいいけれども。食べたらひとまず味は感じるし、満腹感もあるわよ。普段は食べられないような物でも食べてみたら? お代は取らないから。ただし、あとで目覚めたときにがっかりするかも」

 そういう料理でお代を取られてたまるか。

 でもまあ、よい匂いが厨房やよそのテーブルから漂ってくるのは事実で、食欲がかき立てられる。鼻腔をくすぐられるというのは、こういう状況を差すのかな。

「間違ったマナーをやらかしても大丈夫だっていうんなら、ロブスター料理を注文しようかな。あれだけはうまく外せないんだ」

「あら? いかにも他の料理ならちゃんとお行儀よく食べられますよって言い種ね」

「一応、経験したことがあるからな。将来の婚約者とこの手のレストランで予約を取って、食事をした。前日、いや当日ぎりぎりまで食事のマナーを、ネットで調べまくったさ」

「天瀬美穂さんと一緒になるために、涙ぐましい努力を陰でしていたというわけね」

「そう、その天瀬美穂に関することだ、聞きたいのは」

「慌てないでよ。食べるというのなら、形だけでも注文してちょうだい。念じればテーブルにぽんと並ぶなんて味気ないこと、したくないから」

 いつの間にかそばまで来ていた従業員にメニューを見せられた。ロブスター料理を単品で頼むつもりだったが、どうやらコース料理を選ばなければいけないらしい。私はロブスターがメインディッシュのCコースをチョイスした。

「さて、早速だが聞きたい」

 気負い込む私に対して、神内は立てた手のひらを見せてきた。


 つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る