第395話 順序が違うような?
「そうだったっけ。天瀬さんが悪運が強いって、具体的に何かあったかな?」
運試しは二〇〇四年における出来事の記憶が関係しているから、避けて欲しい。その思惑故に、彼女の言葉の根拠を聞いた。
「一番は岸先生も知っています。と言うよりも、私と同じ当事者でしたよ」
「うん?」
岸先生と思われているのは仕方がないとして、はて、何のことを言っているのやら。二〇〇四年五月よりも前のことなら、私には思い出す術がない。もやもやデータを活用すれば何か出て来るかもしれないけれども、その何かが分からないからデータ検索は無理だ。
「私、先生に助けていただいたいじゃないですか。危ないところを」
「――ああ、あれか!」
渡辺から身体を張って守ったが、あれを悪運が強いと言うのか? 実際に切りかかられた身としては、九死に一生を得たぐらいの心地なんだけど。
まあ、いい。解釈は人それぞれってことで。
「よし、とにかく急かされていることだし、クイズで引き受けてくれる?」
「いいですよ」
案外、あっさりと引き受けた。変に悩まずに、希望通りに指名して大丈夫だったのね。
「全力を注ぎます」
胸元に片手を当てる仕種は、自信の表れと精神集中とを兼ねている風に見えた。
初戦はクイズ勝負で天瀬美穂が出ると伝えると、神様側の二名は短いやり取りを挟んで、「では自分が行くとしましょ」とハイネが応じた。向こうもギャンブル勝負が私とハイネの組み合わせになると踏んでいるのなら、ここでハイネが天瀬の相手をするのはまあ常道だろう。
「ところでどんな風にして、クイズで勝負するんだろう? そちらが一方的に出題して、私達の側が正解できるかどうかだとしたら、いささか不公平感があると思うが」
「そうね」
応じたのは神内。ハイネはと言うと、ステージ上に出現した椅子に腰をすとんと落として待っている。彼の前には四角く黒い石のような机があって、さらにその先には椅子がもう一脚。そこに天瀬が座るということだろう。
「ああ、天瀬美穂さんはその椅子に座って。――仮にこちらで出題者として司会役を用意しても、出されるクイズの公平性は客観的に証明できないでしょうね。これから行うのはそんな答えるだけのクイズではないから、安心してちょうだい」
「答えるだけのクイズではない……」
天瀬が呟く。私も心中で同じことをして、そしてじきに閃いた。
「お互いにクイズを出し合う、ですね?」
天瀬の発言。私も勝負の形式はそれだろうと思った。神内が頷きながら続きを話す。
「ご名答。いきなり言われてもクイズなんか用意していないというかもしれないけれども、いくつかはあるでしょ?」
「もちろん、あります。子供達に出すために覚えているものがあるし。そんなことよりも神様なら、私がどんなクイズを出しても無駄なのでは? 心の中の答を読み取るとか、古今東西、人類が考え出したありとあらゆるクイズを把握しているとか」
そうだ、その問題があった。神内が前に言った話では確か、相手が読心術を使えることを意識して、気を張っていれば基本的には読み取られないらしい。が、ハイネにも同じ条件を当てはめていいのかどうか。そして天瀬が挙げたもう一つの懸念、古今東西の善クイズを神様が知っているというパターン、私は気付かなかったけれども気になる。
「その辺は、私達のことを信用してもらうしかない訳だけど」
神内はまず、考えを読めることを認め、それを防ぐ手立てを天瀬に伝えた。無論、神内の話が真実である保証はないのだが、私は信じると決めたからここでは異を唱えない。
「あと、神が全部のクイズを知っているかどうかだけど、神全体で捉えるとしたら、知り得る立場にあることは確かよ。でもそんなものいちいち覚えていないし、記録も取っていない。私達はそこまで暇じゃないので」
「ふうん……分かりました。でもあともう一つだけ」
「何? こちらの相方が苛々しているみたいだから、手短にね」
神内はハイネの方を一瞥してから、苦笑交じりに天瀬を急かした。
「どんなクイズでもかまいませんか。独り善がりでこじつけがひどいのとか、正解が複数用意してあって、相手の答を聞いてから外れになるように正解を決めるといったタイプのクイズ、あるんですよね」
「後者は問題外ね。解答及び正解の提示は筆記とし、先に正解を見せてもらう。前者のこじつけのはちょっと分からない。例を出してもらえる?」
「そう、ですね。たとえば……『朝は三本足、昼は二本足、夜は四本足になるものってなーんだ?』というのはどうです?」
聞いていて、天瀬が言い間違えたのではないかと私は冷や冷やした。エジプトの伝説にある、スフィンクスが旅人をつかまえては出題し、正解できなかった者を食べてしまったとかいう問題なら、『朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足になるものってなーんだ?』だよな。答は人間。朝とは生まれた頃でよちよち歩きだから四本足、昼は立ち上がって二歩足で活動、夜は年老いて杖を突いて歩くから。こじつけてるよな~。
と、神内もこの有名な問題は知っていたらしく、首を捻って、「それ、順序が逆じゃない?」と念押ししてきた。
つづく
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