第345話 違うルートを模索中

 やはり分かっていたか。分かってくれて感謝する。

「三つの質問が終わったから、帰るわ。引き留めてももう無理だから」

 それは引き留めてくれというふり、ではないよな。最前から折に触れて時間を気にしていたのは間違いないんだから。

「質問じゃなく、頼みが一つあるんだが」

「もう、そういうのは質問に含めておいてくれない? で、何?」

「死神サンに、言っておいて欲しい。六谷に対してしたような姑息な真似を、天瀬に対してはするな。やるのなら私の夢に出て来い、と」

 私は少し凄みを利かせたつもりで言ったんだが、神内は特になんと言うこともなく、聞き流したようだ。

「なるほどね。言うだけ言っておくけど、死神の方が上だから言うことを聞かせられるかどうかは別問題よ」

「いいさ。伝えてくれたらそれでいい」

「分かった。招致した。まあ、せいぜいがんばって健闘してちょうだい」

「お試しのギャンブルで曲がりなりにも結果を出した人間を相手に、その言い種はどうかと思うが」

 お手柔らかにというお決まりのフレーズは飲み込んだ。今度の勝負においてそんな甘っちょろい言葉、社交辞令でも発してはいけない。


 その後、六谷の家に見舞いに行ったのだが、当人は不在だった。入院をしているという。たちの悪い夏風邪との診断が出ているそうで、うつしては悪いからと病院へのお見舞いは丁重に断りを入れられた。

 六谷の具合が本当に芳しくないのであれば、「神様との四番勝負はこういう状況になった。全力で戦うから大船に乗った気でいろ」云々という話を彼の耳に入れるのもやめておくべきだろう。どうしても気になるようなら、六谷の方から聞いてくるかもしれない。そのときには教えるつもりでいる。

 それから天瀬美穂――二〇〇四年の方の天瀬とは面談が迫っていることもあるので、贔屓と思わないようおいそれとは接触できない。が、夢の中で妙な出来事が起きても冷静に対処してくれるよう、暗示を与えておきたい気がする。子供の頃の暗示が、二〇一九年の天瀬によい影響を及ぼすんじゃないだろうか。岸先生に対してよい印象を抱き続けてくれていれば、という条件付きかもしれないが、まあ大丈夫だろう。

 というわけで、天瀬と自然な形で話をするきっかけを作ろうと、隙間時間を見付けては近所を出歩いてみたのだが、そう思惑通りに行くはずもなく、炎天下に無駄に汗を掻く散歩が続いた。

 買い物に来る周期や時間帯はだいたい分かっているから、それに沿うようにこちらも買い物に出掛ければ会えるのはほぼ間違いないんだけれども、当然ながら天瀬の方は親子連れ。娘さんと個人的な話がありますのでしばらくお時間をください、なんて言えるはずもなく、岸先生馴染みのスーパーマーケットなどですれ違ってもこれまた無難な短いやり取りで終わるしかなかった。

 どうしよう、元々、勝負に備えての補助的な行為だし拘る必要はないのだが、打てる手はすべて打っておきたい気もする。

 個人面談のときに季子さんにそれとなく伝えて、母親の口から天瀬に話してもらう……ちょっと難しいか。「夢の中で何が起きようが、平常心で振る舞うように」なんて言葉を、担任の教師が娘に贈ったら、よほど特殊な状況でない限り、この先生大丈夫かしらとなるんだろうな。

 妙案が浮かばないまま数日が過ぎ、晴れだが、台風の接近が予報される日のことなった。まだ日本のどの地方に向かうのか定かではないが、用心をしておくのに越したことはない。アパートの部屋を強風から守るために、補強のためのガムテープや雨降りでも両手を空けて活動のできる雨合羽、それに丈夫な長靴辺りを新たに購入しておこうと街まで足を延ばした。その際にたまたまクラスの女児二人に出会った。

「あ、先生だ」

「うそ? あ、ほんとだ」

 背中の方からそういった二人分の声が聞こえたので、足を止めて振り向くと、寺戸と野々山だった。仲よさげに手をつないでいるばかりか、おそろいの髪留めまでしている。少し前のぞうきんに端を発する冷戦状態は完全に終結したようだ。よかったよかった。急遽立てた作戦を実行した甲斐があったというもの。

「こんにちは。こんなところで会うとは奇遇だ。元気だったか」

 どの程度の距離感で接していいのか量りにくいが、とりあえず挨拶は基本ということで。すると寺戸と野々山からも「先生こんにちはー」という声が相次いだ。

「先生はお買い物ですか」

「そうだけど、何で分かったの」

 反射的に聞き返すと、寺戸が私の左胸の辺りを指差してきた。

「ポケットからメモ用紙が覗いてるから」

「およ、ほんとだ」

 落とさぬようにメモをポケットの中に押し込むと、極軽い抵抗感がある。修学旅行の際に天瀬からもらった“お守り”を入れてるんだった。移し替えるのが面倒くさいなあと思いつつもこうして忘れないのは、天瀬がわざわざ買ってまでして、くれた物だというのに加えて、渡辺に刃物で斬り付けられた記憶が依然として強烈に印象に残っているせいかもしれない。


 つづく

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