第83話 マナー違反?
柏木先生は「うふふ」と笑みを残して行ってしまった。言われっ放しが少々しゃくだった私はつい、ノリで例の能力を使った。そう、岸先生の残したもやもやデータだ。岸先生が認識している範囲内で、柏木先生のデータを覗き見してやろう。元は岸先生が知っていることなのだから、私が見ても問題は(あんまり)あるまい。
というわけで意識を集中してみるが、なかなかうまく行かない。対象である柏木先生が遠ざかっているせいだろうか。相手の顔を見ながらやるのが最も出やすいことは、経験上把握しているが。
結局、今このタイミングでどうにか見えたのは、名前や住所といった基本的な情報ぐらいだった。岸先生、彼女のことを好ましく思っているのであれば、もっとデータを持っていてもおかしくないのに。むしろ、持っていないとおかしい。
切歯扼腕する思いでいたとき、データの「柏木律子」という名前の横に、ダイヤのマークがポツンと小さく穿たれてるのを見付けた。名前にトランプのマーク。どこかで似たような物があったような……あっ。
私は叫ばないよう、自分の口を手で押さえた。
思い出した。うちのクラスの長谷井のデータを見たときに、スペードのマークが付いていたんだ。これは、これらはいったい何の印なのだろう?
初めて気が付いて以来、ずっと注意していたわけじゃないが、柏木先生で二人目だと思う。他の名前にはマークはなかった。
推測の広げようがないので、とりあえずは唯一できることを試そうと思う。私は体育館内に視線を走らせ、長谷井の姿を探した。
見付けた。天瀬を含む男女五、六名のかたまりにいる。ちなみにだが彼ら彼女らは別にいちゃついているのではなく、修学旅行で班になる面々だからその話で盛り上がっているようだ。
ともかく、私はもやもやデータで長谷井の名前を見た。
試したかったのは、トランプのマークは常にある物なのか、消えたり別のマークになったり、数が増えたり色が違ったりといった変化があるのかという疑問の確認だ。
果たして、長谷井絢太の名の脇に、黒いスペードのマークはあった。
やっぱり、普遍の物なのか。もちろん、出たり消えたりする可能性だってある。たまたま今は出ているのかもしれない。だが、蓋然性を重んじれば、常に出ていると見なすべきだろうな。
また想像になるが、このマークは岸先生が長谷井や柏木先生について抱いている感情の表れではないと思う。感情の表現なら、文字のデータとして浮かび出るものだ。マークを付けるのは無駄であり、意味がない。
もっと違う、岸先生にとって覚え書き、メモ書き的なマークではないだろうか。たとえば、マークの付いている者同士に何らかの共通点があるとか、ある基準に従った分類だとか。具体的に仮説を立てるには、まだまだ事例が乏しく、無理があるが……もしもマークの付いている者同士に共通点があるのなら、すなわち柏木先生と長谷井絢太の共通点ということになる。
うーん。そんなもん、あるか?
首を傾げた私の周りに、子供達が寄ってきた。受け持ちではない子ばかりで、「襲われたときどんなだった?」とか「怪我もう治った?」と前置きなしに質問の矢を浴びせてきた。どうやら天瀬らから話を聞いたらしい。
ちょうどいい。私はもやもやデータで皆の名前だけをチラ見していった。
つづく
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