第480話 事情が違ってきた、かも?

「天瀬さん、あなた確か、最初に岸先生から今この状況の説明を受けているのよね? 私はその場で聞いていた訳ではないから詳しいことは知らないけれども、彼からの説明の折に、九文寺さんが亡くなったようなことを言ったのではなかったかしら」

 逆に、岸先生(貴志道郎)が九文寺薫子の存命をあの段階で知ったのであれば、その後の四番勝負にすんなり応じるとは思えない。なので当然、亡くなったものとして二人は会話を交わしたのだと判断したのだが。

「はい? そんなつもりは……。彼女の実家が被災し、彼女の身内に亡くなった方がおられたこともあり、ぼかした表現を取りはしましたけれども、薫子さんが亡くなっただなんてとんでもない!」

 きっぱりした物言いで訴える天瀬。

 この頃には神内も事態を掴んでいた。ことの経緯はまだ追い切れていないけれども、九文寺薫子が二〇一九年九月末の時点で健在なのは確かな事実である。

(天瀬さんを危険な目に遭わせないようにするのだって、簡単にはできそうにないから貴志道郎を二〇〇四年に送り込んだっていうのに、まさか、九文寺薫子の命がこんな簡単に、いつの間にか救われることになっているなんて)

 普通、起こり得ない。少なくとも、計算してできることではなかったから、神内の驚きは大きかった。

「ということは……」

 思わず呟く神内。続きの台詞は、奥歯を噛み締めながら心の内で。

(対決をする最大の理由が失われてしまうじゃないの! 現状のまま、岸先生や六谷が新たに余計な行動を取らずにいれば、九文寺薫子が東日本大震災の犠牲になることはなく、生存が保証される。勝負する意味がない。せいぜい、謝罪するか否かの話になる)

 力が抜けた。その上、天瀬美穂に対してはまた一つ、申し訳なさが積み重なった。我々の勝手で要らぬ危険に巻き込んだ挙げ句、無意味なことに引っ張り出して。

「ど、どうかしたんですか。顔色がちょっと白くなってます」

 天瀬の声に「大丈夫よ」と疲れた笑みで返事した神内。事情をどう話せばいいのか、考えただけで疲れる。そんな中、ふとした疑問が浮かんだ。

(――九文寺薫子が亡くなっていないこと、ゼアトス様は知っていたんじゃないの?)

 “上司”の顔立ち――美形だが、ひょうひょうとした態度のにじむ――が、脳裏に映し出される。

(人間の名前をいちいち覚えていられないとか、気付いていたけれども忙しさにかまけて君ら――私やハイネにったえそこなっていたとか、言い訳は考えられるけれども、少なくとも今日に至るまで知らないってことはないはず。分かっていて私達を戦わせたの? だとしたらほんと、趣味のよくない……)

 思い浮かべた笑顔にむかついてきた。

 それからひとしきり、ゼアトスへの不平不満を頭の中で並べ立てて、少しすっきりした。あとで数えてみると不平不満の数は悪魔の一ダース、つまり十三個あった。

「……大丈夫と言うのでしたら、その、答合わせをして、それから正解していたら、最後の運試しを……」

「ああ、そうね。まだ途中だったわね」

 声に出すまでもないが、札の並びはすべて、二〇〇四年に起きた順番になっていた。天瀬美穂は見事、二段階目もクリアした。

 しかし――と、神内は判断に迷う。

(勝負する理由がなくなったのに、このまま続けていいものかどうか。ゼアトス様やハイネは気に留めないかもしれないけれども、私は気になる。九文寺薫子が二〇一九年の現在も無事であることを岸先生に伝えないまま、勝負を続行するのは著しくアンフェアに思える)

「神内さん? やはり体調が優れないのでは……」

「大丈夫。考え事をしているだけだから。うーん、私にとって一番適切だと思えるのは、即刻中止だけれども、ゼアトス様がすんなり聞き入れてくださるかどうか、不安だわ。不確定要素が多くて決めかねるっていうか」

「何の話です?」

「ちょっとね」

 訝る天瀬に、目配せをした神内。

「さっき、あなたは勝負に勝つために、岸先生と相談したいという芝居を打ってきたけれども、今の私は本当にハイネと相談したいことができたわ。とりあえず、記憶力対決は一時中断して、あちらの様子を覗いてみない?」

「え、ええ。とても気になってはいます」

 対戦相手の承諾を得たことで、中断する体裁は整った。

(あとはハイネを説得して、それからゼアトス様にいかにして伝えるか、になるわね)

「中断ということは、格好はこのままなんでしょうか?」

 はいからさんスタイルの自身の姿を指差しながら、天瀬が聞いてきた。

「そうなるわね。このまま終わるかもしれないし、否応なしに勝負再開になるかもしれないから。サングラスも一応、掛けておいてもらおうかな」

 黒サングラスを改めて渡しながら答えた神内だが、内心ちょっと迷いが生じた。即刻中止に持ち込むか勝負そのものがなかったものとするために、記憶力&運試しの勝負はすでに中止しましたよと既成事実化するのもありかなという考えが、脳裏をよぎったのだ。

(まあ、そこまで勝手をするのは、さすがに我が身が危ないかもしれない)


 つづく

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