第481話 計算違いはあるにせよ
ほんの短い検討だけで思い付きを放棄すると、神内はもう一つの対決が行われている場へ出向くため、ドアを出した。ポケットからではないのだが、
「猫型ロボットみたいですね」
天瀬のそんな感想を傍で聞きながら、ドアをくぐる。
そして神内はいきなり驚愕させられることになる。
(あ――れ? ゼアトス様が出て来られているじゃないの! 何で?)
動揺から出そうになった声を飲み込み、サングラスのずれを直す動作に紛れさせて少し俯く。
(落ち着け、私。幸い、表情はある程度隠せる。まずはゼアトス様が姿を見せた理由を把握することに努める、これよ)
気まぐれでサングラスを掛け直した幸運に感謝した神内は、傍目から分からぬ程度に深呼吸した。
* *
私はしばらく様子を窺っていた。本心を言えば、天瀬のそばまで駆け寄って、事情を直に聞きたいところだったが、ぐっと堪える。勝負の結果が出たのかどうかに関わらず、神内からの正式な発表を待つべきだろう。ただ、神内が第三の神様を見て、顔を背けるような仕種を一瞬したのは少し気になる。何となく、予定外のことが重なっているような空気を感じた。
おっ、神内が天瀬に何か耳打ちした、と思ったらすかさずサングラスを外して、一人、つーっと前に進み出る。
「ゼアトス様、どうなさったんですか」
ゼアトスが口を開き掛けたところへ、機先を制するかのように神内が言った。
対するゼアトスはほんの一瞬、目を見開いたが、すぐに戻して、笑ったようだ。
「どうなさった、とは?」
「四番勝負についてでしたら、わざわざお越しになる必要はないものと自負しておりましたので……。あ、別の事案が持ち上がったが故でしたら、私の早とちりになります」
「いや、もちろんこの対決について、一言あったから来たんだよ。それに神内君の自負は間違っていない。僕はハイネ君の《おいた》を見かねて、差し出口にやって来たまで」
「おいた?」
神内がハイネの方を振り返る。顔色が変わったようだ。ハイネの反応は、微かに肩をそびやかすだけだった。
「なに、たいしたことじゃない。問題にはしないよ」
そう前置きしてから、事の次第をゼアトスがすらすらと立て板に水とばかりに一気に説明する。
聞き終えた神内は、だからといって安堵する様子はなく、緊張の面持ちを保っていた。
「おやおや。問題にはしないと言っているのに、どうしてそんな顔をするんだね? 気休めや人間がいるから取り繕うための発言じゃないよ。広い心で捉えるならば、ハイネ君のやったことは勝利したい一心からの行動であり、また、能力の使用は発覚した直前の一回のみだと強弁できなくもないのに、そこは弁解しなかった。死神にしてはとても潔く、そこを買ったんだ」
いや、あんたと死神とでは格が違うからか、弁明を許す雰囲気じゃなかったような……と感じたけれども、当然、わざわざ声にはしない。
「それでまあ、厳密に規則に当てはめるとこちらのキシ君の勝ちになるのだけれども、それだとすっきりしない、もやもやが残るということにして、ハイネ君の代わりに私と勝負しないかと条件を詰めていたところだったのだよ」
“もやもやが残るということにして”とはよく言ったものだ。私の方は勝ち方にはこだわってないんだけどな。
それはともかくとして、現在の状況を知らされた神内の反応は? 注目していたのだが、即座の言動は見られなかった。天瀬の方に視線を送ってみたものの、サングラスをした彼女は首を傾げただけだった。
「さて、神内君。今度はそちらが話す番だよ。私の下した裁定についての意見を聞いてやってもいいんだが、それよりもまず、君が対戦相手を伴ってこちらに来たわけを知りたいな。あちらの人間の女性の様子から判断するに、決着したのではなさそうだけれども?」
天瀬の方を一瞥したゼアトスは、饒舌に、まくし立てる風に問う。
私は再度、神内に注目した。と、ようやく動きが。唇をぐっと噛み締めたかと思うと、意を決したように口火を切る。
「勝負を進めようにも、このまま進めてよいものかどうか、迷う事態が発覚いたしましたので、ご報告に上がろうと」
「ほう」
「しかし、その前にハイネに知らせて相談し、意見を統一してからでも遅くはないと思い、こちらに来たのですが、まさかゼアトス様がおられるとはまったく想像していませんでした。しばし、混乱してしまいました」
「それはそれはすまなかったね。でも考えようによっては、手間が省けたとも言えるだろう? 勝負を進めるのを躊躇する自体とやらをこのまま報告してくれれば、話が早い」
「え、ええ、その通りですが、やはり一応、現場責任者として二人で相談をして、それから」
神内はハイネの顔を見ようとしたらしかったが、そうする前にゼアトスが「必要ない」と一刀両断した。
「君らが統一した意見を持ってきたって、最終的に決めるのは僕だから。とにかく、聞こうじゃない、報告」
「それでは」
神内の表情には、まだ言い淀む気配が残っていた。伝え方をギリギリまで検討している感じにも見える。が、それも十秒足らずのことで、決心と思しき小さな吐息のあと、話し始める。
つづく
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