第422話 解釈の相違

 私が警戒していた、いや、しているのは間接的にバランスを崩させる方法だ。たとえば強い風を送るとか、足元のすぐ近くに大きな魚をジャンプさせるといったケースを想定していたので、神内の妨害がおしゃべりだけというのは正直意外である。まあ今回はこれで済んだだけであって、次のインターバルでは違う方法を採ってくるかもしれないが。

「好きなときに出せる目があるあんたとは異なり、私には細かな作戦なんてないからな。別々の目が多く、早く出るようにせいぜい念じて振ることにするよ」

 私はサイコロを三つとも引っ掴むと、神内の選んだ足場もよく見ずに、えいやと気合い一閃、でも投げるフォームは神内から見られないよう、升の中で隠れるようにこじんまりと、投げてやった。

 出たのは3、4、3。投げた当事者である私がそう認識するのよりも早いくらいのタイミングで、神内の足場が極小さく震え出した。この段階でよくよく見ると、彼女は3と4に立っていると知れる。図らずも、クリティカルヒット! だが、余裕だろうな、別の足場に移るのは。

「あら、両足とも」

 神内は実際、切迫感の微塵もない口調でそう言うと、漫画などに登場する細身の拳法家よろしく、華麗に跳躍した。三メートル以上は高さを稼いで、くるっととんぼを切り、2と5の足場にすとっと降り立った。

「それがあんたの言っていたジャンプ力か」

 勝負の最中じゃなければ、惜しみない拍手を送ってもいいくらい、きれいに決まった。

 と、本当に拍手がぱちぱちと聞こえたのでその音の方を向くと、天瀬が懸命に手を叩いている。

「敵チームの応援はほどほどに頼むよ」

 苦笑いをまじえた顔で天瀬に声を掛けると、彼女は分かっているという風に頷いた。

「たとえ敵味方に分かれていても、讃えるべきところは讃えたいんです、私」

「それはかまわないですが、私にも応援を頼みます」

「がんばれー、私が着いていますっ。落ちそうになっても、岩にしがみつくつもりで耐えてください!」

 岩はともかく足場にしがみついても、その時点で負けなんだが。ま、いいや。気にするまい。私はありがとうと大声で礼を伝えて、対戦相手へと視線を戻した。

「次のそちらの攻撃の前に、どうしても気になることが一つ頭に浮かんだ。答えてもらいたいんだが」

「何?」

「1及び2を出す投げ方を覚えたはずだよね、神内さん。次回以降、その手は使えるのかい?」

「どういう意味?」

「ルールに従えば、そう解釈するのが自然だと気が付いたんだが。一度に振れるサイコロの数は、相手の残っている足場の数の半分を超えてはならないんだろう? すでに私の足場は5が沈んで五つになった。半分の2.5を超えない整数は二。神内さんが一度に振れるサイコロは二つだが、1と2を確実に出すための振り方は、サイコロ三つ使うんじゃなかったっけ?」

「あ!」

 神内は顔の下半分くらいを片手で覆った。

 まさかまじで見落としていたのか?と感じたのも束の間で、彼女は手を顔の前からどけると、「なーんてね」と笑みを見せた。

「ご心配なく。投げ方を工夫すれば、三個投げる動作から二個だけサイコロを升の中に収めるという芸当ぐらい、簡単だわ」

「えっと、そういうのありなのか。三個を投げようとして一つ失敗したっていうのと同じだろ」

「同じではないでしょ。二個しかサイコロを振れない条件下で、三つとも升目に入ったらルール違反になるでしょうけれども、升に収まったのが二つだけなら有効。勝負開始前に確かめたんじゃなかったっけ?」

「あれは……」

 許された数を振って飛び出した場合を想定していたんだ。有効とか無効とかいう表現を使ったことからも明らかだと思うんだが、今となっては水掛け論になってしまう。微妙な言い回しだし、神内の主張も正当なものとして認めざるを得ない。

「分かった、あきらめた。了承する」

 向こうが一層有利になるけれども、仕方がない。というのも、これまで私は、神内が意図的にできるのはサイコロを振って1、1、2を同時に出すことのみと考えていた。しかし、彼女の言うやり方を認めると、単独でも――言い換えるならサイコロ一つを振った場合でも1もしくは2を出せることになる。1と2の望む方を残せるかどうかまでは不明だが、厄介さは増した。

「納得したのなら続けましょうか」

 ちょうど時間のようだしと呟き、神内はサイコロを振った。今度は二つ手にしているのが見て取れた。

 ここで1と2を沈めに来たか? 私は沈み始めてからの対処を思い描き、周囲を改めて確認した。

 程なくして振動が起き、沈み出したのは4の足場だけだった。私は1と2の上に立ってクリアした。

「サイコロを二個持っていたように見えたんだが、出た目は何だったんだろう?」

「4と5よ。二投目にして被りが出るなんて、ついてない」

 そうだった。すでに出た目がまた出ても、沈める足場がもうないのだから意味がない。守る側としてはラッキーだと喜んでおけばいい。

「次はまた私だな。愚直に振り続けるのみ」


 つづく

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