第418話 神仏の違い
「――ぷ」
吹き出すのを我慢し、口を手で覆う神内。
「賭けとして見合わないか?」
「ん? いえいえ。充分見合う。現時点で不確定なところも含めて、ちょうど釣り合いが取れていい感じじゃないの。ただ、あんまり面白いこというものだから、つい笑ってしまったわ」
そんなに面白いだろうか。もしかして、神様に名前を付けられると、その子は一生不幸になるなんてこと、ないよね?
「念のために聞くけど、どんな珍名でもいいのかしら」
「よくはないが、認めざるを得まい。ただ、あんまり酷いのは一年ぐらいで改名届を出すかもしれないぞ」
「そんなことしたらきっと役場の窓口で、『最初のときによ~く考えて付けろよな!』って思われるわね。でも、そっかー、名前は変えられるんだったわね。じゃあ、ちょっと釣り合わないかな。もう一声、命名権にプラスして……結婚式に呼んでちょうだいよ」
「結婚式?」
思わず声が大きくなった。正確には、「け」だけ大きめのボリュームで発音し、続きは逆に小声になった。何しろ、天瀬に聞こえると後々話がややこしくなるかもしれないので、できれば内密にしておきたい。
「そう。言わずもがなでしょうけど、披露宴の方もね。興味あるわ、人間の結婚式。仏式を見てみたい」
「……神様って、仏様と縁故はあるのかな」
どこまで本気か分からない神内の発言に、私が返事を絞り出したところへ、天瀬から「まだですかー?」と声が飛んだ。焦れたと言うよりも、やきもきしているような響きを含んでいる。
「ああ、もうじき始まるよ」
片手を振って応える。天瀬はチェアから起き上がり、両手でメガホンの形を作ってさらに叫んだ。
「怖いこと言われてるんじゃないですよねー?」
「怖いことではないよ。ルールの確認をしているところ」
「それは何となく分かってますけどー、随分長いなって。そんなに複雑なルールなんですか?」
「大丈夫。もうすぐ終わるから、待ってて。がっつり休憩するつもりで、眠っててもいい」
「寝てなんかいられませんよっ」
元気だよ!というアピールのつもりだろう、両手をぐるぐる回す天瀬。私の見たことのない反応を見せる彼女が、とても新鮮に映る。
「じゃあ、なるべくリラックスして、次の勝負に備えておいて」
「分かりましたっ。きしさん、無理せずにがんばって」
両手でガッツポーズをして、エールをくれた。無理せずにがんばるというのはなかなか難しいが、声援になるべく沿うようにしたい。私は神内へと視線を戻した。
「お待ちかねのようだし、先を急ごうじゃないか。とりあえず、先ほど提案の仮の賭けは成立したということにして」
「異存ないわ。で、あなたの考えではどんなルールが伏せられていると思った?」
「正解として認めるか否かの判定はそちらに任せるから、三回、答えさせてくれ。まず考えられるのは、足場に振られた番号が、本人からは見えないケース。私は勝手に見えると思い込んでいたが、実際には明言されていない気がする。これならサイコロの出目に応じて足場を変えることはできないから、ゲーム性が高まる」
「なるほどね。次は?」
「同じ発想になるが、サイコロを振って何の目が出たのか分からないまま、いきなり足場が沈むケース。相手の振ったサイコロを見ることができるとは、一言もいっていなかったよな? この場合もまた、出た目に対応して足を移すのは無理」
「最後の三つ目は?」
「サイコロの個数だ。一つだけだと思い込んでいたが、もしかしたら同時に五つも六つも振れるんじゃないか? たとえばサイコロ六つを一度に振って、運が悪ければ、いや、よければになるのかな、1から6の目がそれぞれ出てそこで勝負が付く。仮にそうならなくても、目が出た瞬間に足場が沈むのだとしたら六つを読み取って、無事な足場に移るのは難しい」
「この短い時間で、よく色々と思い付くものね」
三割方あきれ口調で神内。私は当たっていたかどうかが気になった。
「当たりはあったかな?」
「ええ。ただし、複数の答の組み合わせになってる。まず――サイコロの出目は、振った当人しか見えない」
お、仮説その二が当たりをかすっていたか。
「目が確定すると同時に、自動的に足場は沈む。でも、あなたがさっき言ったほど急ではないから、自分の立っている足場が沈み始めたと感じた途端に足を移動させることは不可能じゃない。ただ、そのときの立ち方次第でしょうね。大股を開いた立ち姿勢だと、踏ん張りが利かなくてそのまま落下ってことも充分に考えられるわ」
そのときの姿勢に因るものの、足を移せる猶予はあるようだ。体力勝負らしさが残っているとも言える。
「そしてもう一つ。一度に振れるサイコロの数を選べる、ただしこの体力勝負が決着するまでに振れるサイコロの回数に上限を十に設定する」
一度の振るのは一個じゃなくてもかまわないんだな。しかし、上限が十か……。一度に十個のサイコロを振ってもいいとしたら、結構厳しいな。直感的に一度に四種類以上の目が出たら、足の置き場を移す余裕がなくなりそうだ。
つづく
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