第459話 ジブリとは違うよ
神内が尋ねると、クーデ君は一秒ほどの間を取った。競技カルタでの読み上げで、上の句と下の句との間は一秒開けるのが公式ルールとされているが、それを真似たかのようだ。
『わたくしが見た限りでは、お二方の手がカルタに触れるのは同時です。同時であるのならルールに従いまして、天瀬美穂さんがカルタを取ったことになります』
そのアナウンスに、天瀬はテーブルの下で拳を握り、「やった」と小さくガッツポーズした。
「少しは忖度しなさいよ」
神内が札から手を離し、冗談交じりに言う。だが、目は笑っていないのが見て取れた。
「今の判定のおかげで、逆転されちゃったじゃないの」
クーデ君の頭をはたく真似をしながら文句を垂れる。
(そう、これでやっとリードを奪えた。残りあと十枚)
「あの、札の位置を並べ替えてもいいですか」
神内に申し入れると、相手はクーデ君から関心を戻し、応じる。
「いいわ。私の方も少し動かすけど、いいわね?」
「もちろんです」
札を取ったことでできた空白を詰め、自分にとって現状、最も取りやすい並びに変える。特に、絶対に取りたい好きな札を、右手のすぐ手前に位置させた。
その作業が終わった時点で神内がクーデ君に合図を送り、読み上げ再開。
『うらみわび~』
佳境に入ったというのに、そこから空札が四枚続く。集中力を維持するのがややしんどくなってきた頃合いに、『おく』と来て、天瀬はスイッチが入った。一番好きな札だ。
「はいっ」
読み上げを待つ間、頭を相手陣にぎりぎり掛からない辺りまで突き出した前傾姿勢を取っている。だから、自陣の右隅なんて視界にほとんど入っていない。感覚だけで手を動かした。
「早かったわね~」
呆れを含んだ言い方で称える神内。その表情には焦りの色が浮かび始めたかもしれない。
「絶対に取ろうと思っていた札ですから。歌が印象的で」
「そんな好きな札なの? じゃあ、二回戦があるとしたら、私も意識しておくべきかしら」
どれどれという風に、確認してくる神内。
「“奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋は悲しき”か。光景が目に浮かぶし、季節感があって情緒的だと思うけれども、特別に好きな理由ってあるの?」
勝負中にガールズトークでもないだろう。これは相手の戦略の一環なのかもしれない。とはいえ、天瀬も返事を拒む気はなかった。何せ好きな理由が実にくだらないのだ。
「詠んでいる内容は、あとから知っていいなとは思いましたよ。けれども、好きな札だと感じたきっかけは音なんです」
「音?」
「鳴く鹿っていう部分、ナウシカに似ているなって」
「え? そのナウシカというのは人間の書いた叙事詩、確か『オデュッセイア』に出て来る王女のことかしら」
「あ、そちらではなく、その王女をモデルにしたという漫画・アニメ作品の方です」
「……なんともはや」
今度はあからさまに呆れる神内。さすがの神様でも、現代人の書いた漫画・アニメ作品についてまでは“守備範囲”ではないらしく、ぴんと来ていない様子だ。
「とてもいい作品なんですよ。何度も観ているのに、今でもテレビ放送されていたら、また観てしまうくらい、毎回考えさせられて、気付きがあるんです」
「分かったわ。勝負が終わったら観てみるとする」
割と軽い調子でそう約束?すると、神内は「今はそんなことよりも」と続けた。
「まだ他に好みの札が残っているとか、ないでしょうね?」
「――ないです」
問われた瞬間に、これもまた心理戦を仕掛けているのかなと察した天瀬。
(実際にはもうないけれども、私が視線を向けた先にあるのが、お気に入りの札……と思ってくれるのなら、演技した方がいいのかしら。その札をあきらめてくれるんだとしたら、やってみる価値はある)
「ほんと、ありません」
繰り返し答えながら、自陣に並ぶ札の中で、最も神内側に近い札に視線を送る素振り。『あしびきのやまどりのおのしだりおの』だった。
(これも音の運びが面白くて、割と好きかも。まあどちらだっていいわよね。神内さんに少しでも遠慮が出てくれたら効果あったってことなんだから。その分、他の札に集中されるかもしれないけれども)
それからおよそ十数分後。
接戦のまま、最終局面を迎えた。
(『あしびきの』が残っちゃった。意味がなかったなぁ)
天瀬は自陣にその一枚だけが残っている。対する神内は、彼女の陣地に二枚を残している。次に詠み上げられるのが空札ではなかった場合、天瀬が取ればそこで勝利が決まる。神内が取った場合は再び互角の状態に戻る。
(この剣が峰の状況下で、神内さんが遠慮するわけがない。私もここで勝ちきらなかったら、次、第二戦があったとしても、どうなるか分からない。それに……分からないようにコツコツ積み重ねてきた物が、次ではまた一からやり直しになる可能性もあるし)
そう、天瀬は密かに仕掛けていた。あるタイミングを見計らい、サングラスを掛け直す動作に紛れさせて、着実に。カルタへ向ける集中力が落ちるのが難点だったけれども、慣れてくれば多少ましになった。
(すべて思い通りとはならなくても、かなり有利に働くはず。これを無駄にするのは惜しいわ。絶対に勝ちたい)
つづく
※サブタイトルは、『風の谷のナウシカ』はジブリ設立前の制作だから厳密にはジブリアニメとは呼ばないよ、という意味で付けています。m(__)m
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます