第112話 偶然や運とは違う
いよいよカードのオープンである。対戦相手を指名する段階になって、私の前に座る棚倉が「はい」と手を挙げた。
「カードを配ったのが男子なんだから、指名は女子からでいいですよね」
決定事項のように言われた。特に有利不利が生じるものでないと判断したのか、長谷井も六谷もそれでいいよと応じる。ひょっとすると、女子に譲って、いいところを見せたつもりかも。
「じゃあ、私から行きます」
そのまま棚倉が言った。自身の手札をちらと見て、次いでチームメイト二人の方を見やる。作戦があるらしく、三人がうなずき合うのが分かった。
「六谷君の手札と勝負するわ」
「選んだのに理由があるみたいで、怖い」
半分冗談めかして言う六谷。彼の役はストレートフラッシュ。チーム内最強だ。
「言っとくけど強いよ」
「そうなの? ――よかった」
一瞬、驚きの表情を見せた棚倉は、次の瞬間にはにこっと微笑して、手札を見せた。
ダイヤの2,3,4 クラブの5,7:ノーペア
「え、ブタ?」
六谷と長谷井が拍子抜けしたみたいに声をそろえた。
「失礼ね。誰がブタですか」
やったぁと仲間とハイタッチしてから冗談で切り返す棚倉。その余裕からして、予定通りってことだろうなあ。これはやられたかもしれない。女子チームからしてみれば、最強の手に最弱の手をぶつけて潰す狙いが、見事に成功したわけだ。
「次、男子の指名よ」
「先生、行きます?」
長谷井が振ってきたが、遠慮した。というか、長谷井が誰を指名するのかを見たかったのだ。そしてそれは予想通り、天瀬だった。
「じゃあ、天瀬さん、お願いします」
「受けて立つ」
両者の台詞を聞いていると、まるでお見合い気分vs決闘気分だな。
ストレートの長谷井に対し、天瀬の手は、
ハートのキング クラブのキング,6 スペードの6 ダイヤの6
ということでフルハウス。天瀬に軍配が上がる。
残りの私と君津の対戦は、ワンペアの私に対して、
スペードの4,7,8,9,10
とフラッシュができていた。完敗である。
盛り上がる女子チームに、長谷井が「運が悪かっただけだ」とこぼす。
確かに、ちょっと組み合わせがずれていたら、こちらが二勝一敗で勝ち越していた。ところが。
「偶然とか運だけじゃないよ」
天瀬が得意げに話し始める。隣で君津が、「えっ、もう言っちゃうの」と慌てて、副委員長を止めようとする手つきをした。
「いいじゃない。これ言わないと、ずるしたみたいだから」
「それはまあそうかもしれないけど」
結局、君津が折れた。勝利の秘密の解説は、作戦を思い付いたという棚倉が行うことに。
「役作りは二人に任せて、私はなるべく男子チームの様子を観察してたんです。そうしたらいきなり、『これは鉄板だろ』と小さな声だけど言って、五枚を別にした。多分、一番強い役なんだろうなって見当を付けて、ずっと目で追っていたの。最終的にその五枚を持ったのが六谷君。だから、こちらは一番弱い手をそっちの一番強い役に当てるために、ノーペアの私が六谷君を指定しました。終わりっ」
「何てこった!」
文字通り読み切られての、まさしく完敗。賢いのに油断したな。鉄板云々を聞かれる辺り、二人とも女子を前に舞い上がっていたとしか思えない。次の第二ターンもこんな調子だったなら、私も本腰を入れて勝利を目指す必要がありそうだ。
第二ターン以降の詳細は省くが、とりあえず、口数が極端に減った。
そして女子チームが無言のまま真っ先に取り分けた五枚を最強の役と踏んで、こちらの最弱であるノーペアを当ててみた。が、結果はワンペア対ノーペアで女子の勝ち。ワンペアが最強の手とは思えないので、読み違えだ。どうやら女子チームは、最弱の手を先に作る傾向があるみたいだ。二連敗と追い込まれた男子チームだったが、そこから盛り返す。「僕の手、フラッシュなんだけど」とはったりをかまし、反応を見てから対戦相手を指名したり、手作りで意見が分かれて口論になったように見せかけて実はお芝居と言った姑息な?戦法を駆使し、第三、第四ターンを連取。最終戦にもつれ込んだ勝敗の行方は――。
「やった、勝った!」
天瀬達の歓喜の声で幕を閉じた。
「神様、この手はあんまりだ」
と、男子が嘆きたくなるのも無理はない。何せ最終第五ターン、女子チームの手は、ジョーカーを含む四のファイブカード、スペードのロイヤルストレートフラッシュ、2のフォーカードという凄まじい布陣だったのだから。
「自分で考案したゲームで負けるのが、こんなに悔しいなんて」
六谷がぶつぶつ言っていたが、まあ、考案者が勝っていたら文句が出ていたかもしれない。配るのが一番上手だったのは六谷だし、何か細工を疑われる可能性、なきにしもあらず。運の要素をもうちょっと抑えて、代わりに駆け引きの要素を増やせたら、かなりいい感じのゲームになると思うぞ。教師目線で評価するなら、短時間で集中的に頭を使うところとか、チームを作ってみんなで考えるところもいい。
「何か賭けておけばよかった」
一方、女子チームはそんな話をして悔しがっている。おいおい、担任のいる前で、あんまりどぎつい賭けはやめてくれよな。
「移動のとき、荷物運びをしてもらうとか」
「夕飯のおかずを何か一個くれるとか」
あ、そういうかわいい感じのなら別にかまわない。微笑ましく見守りつつ、ぼちぼち停車駅が近いかなと時計を見た。
と、そのとき長谷井が芝居がかった態度で、頭を片手で掻きむしって嫌々という体を装いつつ、
「しょうがないなー。じゃ、夜の自由時間、部屋に遊びに行ってやるよ」
と言い放った。
つづく
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