第334話 平気そうに見えたけれども違っていた

 記憶が甦って具体的になってきたのはいい傾向だが……その死神が神内のお仲間だとして、何をしたいのだろう。本気で命を奪うつもりなら、夢の中であっさりやっちゃうものだろう。それを寸止めにして予告めいた言葉を発したのは――警告か。やろうと思えばいつでもやれるんだぞと。

 だが、どうして今さら? 生殺与奪の権利は最初から神様側が握っているんだろうに。敢えて強調する意味って何がある?

 私は少し沈思黙考した。六谷の「もしもーし?」という声を聞くまで、ずっと考え、一つの結論が浮かんだ。

「宣戦布告かもしれない」

「え? センセイ?」

 日常生活ではほとんど使わない表現故か、六谷は聞き違えた。私は言い直してから、「神様との勝負が近く開かれるぞという予告じゃないかと思う」と付け足した。

「宣戦布告ねえ。どっちかつーと、脅しだったけど、あれは」

「そりゃもちろん、脅しの意味も含むんだろう。すでに勝負は始まっていると言えるのかもしれない」

「そういうことなら、いつ勝負をするのか日にちを早く決めてくれって言いたい。それに対戦方式も」

 六谷の不服そうにする様が脳裏に浮かんだ。

「ひょっとすると、わざわざ新たに死神が登場してきたってことは、そいつが勝負の場に出て来るのかもしれないな。もしくは、私が夢で見た神様と君が見た死神との二名がそろい踏みか」

 私の膨らませた想像に、六谷は一拍おいて、「不公平だなあ」とぼやいた。

「僕には死神、先生のところは女神って」

「女神じゃないぞ」

 苦笑いも出ないようなことを言ってくれる。

 それよりも……死神との会話が成立していない点が気に掛かる。話せば分かる神内とはタイプが大きく異なる、という予感がしてならない。

「その死神は、リハーサルというか練習試合をしてくれそうな雰囲気はなかったかい?」

「リハーサルって待ち構えている四番勝負の? とてもじゃないけど、そういう雰囲気にはほど遠かったよ」

「もしもまた夢に現れたなら、死神に持ち掛けてみてくれないか。ひょっとしたらひょっとするかもしれない」

「うーん、努力はしてみる。けど」

 電話が何かにぶつかったのか、こつんと音がした。それに続いたのは訴えかける声。

「ほんっとうに、おっそろしいんだから」

 小学生男子(声)の悲痛な叫びは、ともすれば若い女性のもののようにも聞こえ、真実味を伴って響く。

「肝を冷やすとかのレベルじゃなくて……胃に氷の塊をそっと置かれたみたいな。胃の底の方がじわっと冷たくなってきて、重たくなるんだ。でも何だか汗が大量に出て来る。こめかみを汗が伝って、顎先から滴り落ちてびしゃびしゃに濡れる。けれども、拭こうとか一ミリも考えない。この時間が早く終わってくれ!って念じるだけだった」

 この電話を掛けて、悪夢について尋ねても平常と変わらぬ口調で受け答えしているな、だったら大したことなかったんだろう……と思っていた。しかしそれは六谷の強がりだったようだ。子供の声を聞いただけで裏に隠されている物事を察せられたらいいのだが、私ごとき若造ではまだまだその域には届いていない。ここは凡人なりに考える。

「大変だったんだな……。それをまた思い出させるのは忍びないんだが、勝負に勝つための何らかのヒントになるかもしれない」

「いいよ。何でも聞いて。実は死神の夢の内容って、インパクトの強いとこだけ鮮明に覚えてたんだけど、今、先生に話したおかげなのかな。段々と細かいところも思い出せてきた」

 誰にも話さず、ため込んでいたのを吐き出した効果なのだろうか。だとしたら、私の都合で悪夢について聞いたのも無駄ではないのかもしれない。

「ありがとう。じゃあ……鎌の刃を当てられたと聞いたけれども、その感触はどんな具合だった?」

「痛くはなかった。押し当てられただけだから。あとから振り返ってみると、あの時点で僕の身体を傷つけるつもりじゃなかった気がする。とにかく冷たくて、触れられた瞬間、ひやっとして身を引いたのを覚えてるよ」

「凍傷を負うほどではなかったんだね」

「とーしょー? ああ、火傷みたいなことにはならなかった」

「その鎌の刃に、死神自身は触れていたかな?」

「……うーん? 自分のことで精一杯で、そこまで相手を観察する余裕なんてなかった。イメージだけで言うんなら、刃をなめるように舌なめずりのポーズをしていたような気がしないでもない。ああ、でもこれは思い込みだ多分」

 覚えていないことまで求めても、正しい答が得られるとは限らない。むしろ、勝手に辻褄合わせされた作り物の返事が生み出されるかもしれない。分からないのなら、ここは深く突っ込むまい。方向を少し変える。

「では死神はその鎌をどこから出した? 君の前に現れた最初っから持っていたかい? それとも懐から取り出したとか?」

「あ、それなら覚えてる。ぱっと一目見ただけで“こいつ、死神だ”って連想したくらい見た目は死神なんだ。だけど手には鎌を持っていなかった。それで不思議に感じたんだけど、次の瞬間、僕がそう考えたのを読み取ったみたいに宙から鎌が現れた」


 つづく


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