第194話 ガイドライン違反は避けながら
六谷の方はと言うと生来の性格なのか、それとも若さ故なのか、執着はさほど強くはないようだ。案外さっぱりした口調で応じる。
「分かってるよ。休憩もそろそろ終わりそうだし、今っていうのはない。とにかく時間を取ってほしいんだ。忙しいって言うのなら分かっていること、話せることを全部箇条書きにして渡してくれてもいいよ」
「うーん、文字にして残すのは考えものじゃないか。話を聞かれるのとは別の意味で危ない」
私が難色を示したとき、プールの上手では連城先生がメガホン型のスピーカーを使って、休憩時間の終了を告げた。
「だったら、落ち着いて直に話せる機会、無理をしてでも作ってよ」
六谷は私の腰の辺りを手のひらでバンとはたいて、クラス単位の集合スペースへと急いだ。
私はひとまず教員としての役目に立ち戻ることに。
おあつらえ向きと言っては変だが、プールからまだ上がらずに、水を掛け合っている男子三名がいた。目と鼻の先だ。三人が三人とも耳まで水泳キャップをすっぽり被っているため、アナウンスがしかと聞こえていないのかもしれない。
試しに、「おーい、そこの三人、上がれっ。休憩終わり!」と音量を大にして呼び掛けたが、気付くことのないままはしゃいでいる。一人が逃げる役で、残る二人が横並びに手を取り合った格好で、身体を大きく前後に揺らしている。それによって起きた波が意外と大きい。他の児童はほとんどプールを出て、徐々に静かになったおかげで、「食らえ、津波攻撃!」「逃げ切ってみせる!」などという三人のやり取りまで聞こえて来た。
しょうがないな。私は三人の視界に入るであろう位置まで横に移動した。大きく手を振って、上がるようにサインを送ったつもり。これで気付かなけりゃ、プールサイドまで行って腕を伸ばし、連中の頭をぽんぽんぽんとはたくしかない。今いる二〇〇四年でも教師が児童生徒に手を出すのは当然、御法度とされているからやりにくいんだが。この時代よりもう少しあとだったと思うけど、居眠りしている生徒を起こすために肩に触れただけで暴力だのセクハラだの言われたらたまらない、なんて話が持ち上がったこともあったように記憶している。
腕をぶんぶん振っていると、一人の男児が目を見開き、口が「あ」という具合に開くのが分かった。よし、気付いてくれたか。
その一人が他の二人に教えて、やっとのことでプールサイドに上がった。ほんと、やれやれだ。
この学校は予算が比較的潤沢に使えるらしい割に、一学年全員が使えるほど大きな更衣室は設置されていない。代わりが利くことには投資しない方針なのか、着替えは教室で行われている。
もちろん男女別にする必要があるので、合同体育や水泳授業のときは多少の入れ替えをしなければならない。基本的に奇数のクラスを男子、偶数のクラスを女子が使う。より詳しく言うと、一組と二組、三組と四組という風に対応させ、着替える前に一組の女子が二組に行き、二組の男子が一組に移る。水泳の終わった今、私の受け持つ六年三組には三組と四組の男子がいるわけだ。
そして物理的?な事実として、水泳の前後の着替えに要する時間は概ね女子の方が男子より長い。だから当然、男子は待たされる。もっと低学年の頃なら、女子の着替えいている教室のすぐ横の廊下にたむろして、急かすようなことを中に向けて言うのかもしれないが、六年生ともなるとさすがにそのような連中はいない。……修学旅行のときに起きた覗き未遂っぽいのは、旅先で気分が高揚していたんだろうか……。
それはさておき。
だからといって異性への興味が薄いのではない。むしろ低学年のときよりも知識が増えて、膨らんでいるはず。
その辺りの気持ちは男として分かるから、三組の教室に入ったとき、二クラスの男子達(の一部)が何をしているのかを見て取っても、すぐには咎め立てしなかった。
「まず間違いなく入るのは」
最前列の真ん中辺りの席に人だかりができていた。気になるので隙間から見やると、印象があまりない男子、つまるところ四組の男子の一人が、椅子に座ってノートを広げ、鉛筆の先をなめる仕種をしている。仕種はポーズだけのようだから放置でかまわないが、それにしても何の理由でこれだけの人数が集まっているのだ?と思った。ざっと数えて十二、三人はいる。この教室内にいる男子の三分の一ほどに当たる。
「
今度の声には聞き覚えがある。うちのクラスの砂田だ。ただ、彼が今挙げた名字は両方とも三組にはいない。四組にいる子達だろうか。
「
先とは異なる知らない声が言った。
天瀬の名前が挙がっている。二浦は我がクラスの二浦
「他のクラスだと
「
「
声が入り乱れて一層賑やかになってきた。そして耳を傾けている内にぴんと来た。
こいつら六年生の女子を対象に、何かのランキングを作ろうとしているんじゃないか?
つづく
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