第491話 昔の彼女もいいけれどやはり違う

 私は恐らく目を白黒させていたんだろう、ゼアトスが愉快そうに続けた。

「答になっていない、という顔だね。まだ続きがあるから安心したまえ。悪夢を見ると少なからず苦痛を味わう。が、すべての出来事――悪夢の内容及び過去へ意識が飛んでいたことや我ら神の存在も含めて、すべては夢だったと腑に落ちる。これにより、六谷某を戻すことで想定される弊害は最小限に抑えられる」

 そういう手段が残っているのなら、ギャンブルに勝った見返りにしてくれてもいいものを……と、やや不満が湧いたけれども、面には出さない。ゼアトス相手にギャンブルで勝つよりも、今の話に乗る方が多少は容易だと判断できたからな。

「貢献度の判定については、明確に線引きする。我らは我らで特定の作業に入る。人間側は人間側でやるがよい。我らよりも早く特定に成功したのであれば、文句なしに貢献したと言える」

「それって力を貸すとは言わないのでは」

 天瀬が辛抱できなくなったか、口を挟んだ。ゼアトスは彼女の言葉に首肯してから、詳しく返答する。

「確かに。だから協力するかどうかの選択権を、キシ君に与えよう。どうやっても突き止められないなと限界を感じたなら、いつでも我ら――そうだな、神内君にでも言ってくれればよい。直ちに情報交換した後、特定作業を継続する。その結果、特定に成功したときは僕の主観で貢献度の大小を決めさせてもらうよ」

「要するに、競争、ですね。神様と私達との」

 天瀬の台詞に、私はちょっとびっくりした。“私達”と言うからには、ゼアトスの提示した特定作業に、天瀬も関わるつもりでいてくれているようだ。ありがたくも嬉しいのだけれども、関わることでマイナスを蒙ることはあるまいな。いや、それ以前にゼアトスが認めるのか?

「その理解で正しいね。聡明なあなたも参加するというのなら、歓迎するよ。キシ君の支えになってやればよい」

 お、あっさり認めた。これは心強い。九文寺薫子と今でもつながりのある天瀬には、尋ねてみたいことがいくらでもある。

「さて、肝心のキシ君の意向がまだ聞けていないんだが、どうするね?」

「基本的には受ける。だが、状況が少し変わったから、追加でもう一つ、確認したいことができた。確認ではなく、要求になるかもしれないが」

「状況が変わった? どこがどう変わったのやら」

 とぼけているのかどうか、肩をすくめてみせるゼアトス。

「天瀬さんと協力していいんだろう? 私にとってとてつもなく大きな変化じゃないか」

「ふむ。とてつもないは言い過ぎと感じなくもないが……それで要求とは?」

「力を合わせるのは、今ここにいる天瀬美穂にしてもらいたい」

 私は天瀬の手を握り、少し引き寄せた。天瀬自身は、私の要求の意図が見当つかず、きょとんとしている。他方、ゼアトスは私の言い回しに秘めた思惑を察したのかどうか、微笑み混じりに聞き返してきた。

「若干、哲学的な表現だねえ。もうちょっと具体的に言ってくれないかな」

「私を二〇〇四年に戻さないでくれという意味で言っている。小学六年生の天瀬さんと協力して特定作業に臨むなんてのは、不毛とまでは言わないが、いささか遠回りに過ぎるだろう。説明を一からしなければならない上に、客観的には荒唐無稽な話を納得してもらえるかどうかも定かじゃないからな」

「なるほど、非常に合理的な要求だ。もちろん認めるとしよう。我らも特定が早まることを望んでいる」

 これまたあっさり。考えてみれば、九文寺薫子が生き延びた経緯の特定を私達にさせて、神様連中は六谷に悪夢を見せるだけで済むのなら、神様にとって万々歳なんだろう。こちらの立場は、低賃金で働かされるようなものか。まあいい。六谷の帰還が少しでも早くなるのなら尽力しようじゃないか。

「尤も、キシ君をそのまま二〇一九年に戻すことは無理だからね。あくまでもこの空間内だけの許可になる。その一方で、天瀬美穂さん、あなたがいつまでも睡眠を取り続けることもまた無理。通常の生活を送りたいのであれば、目覚めなくちゃいけないよ」

「だったらどうすれば。次に私が目を覚ましたら、もう協力し合えないんですか?」

「次にまた眠りに就いたとき、キシ君が夢に出て来るように計らうとしよう。これで文句はあるまいね?」

 ゼアトスの問いに、私と天瀬は顔を見合わせ、アイコンタクトを交わしてから返事した。

「ええ。かまわない」


 その後、岸先生が元に戻れるのは最短でいつ頃になるのか、改めて説明を受けた。異世界での課題を成し遂げて、元の世界の元いた時代に戻れる状況が整うまで、おおよその目安で七日ないし十日だという。私の立場としては、岸先生にも早いとこ元の状態に戻ってもらいたい気持ちが強く、特定作業をだらだらと続けるのは忍びない。一週間をひとまずの区切りにしようと思う。自ら課したタイムリミットまでに特定できなかった場合、六谷には貧乏くじを引いてもらうことも視野に入れておかなければならない、かもしれない。


 つづく



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