第490話 やり方が汚いのと違いますか
「六谷某を楽に戻すのに、他に道はない。それでも、どうしても受け入れられないというのがキシ君の主張であり最終結論である、と?」
「最終結論かと言われると、肯定しづらいが。まともに戦った上で負ける方がまだましだと思っている」
話がここで終わるのは困る。私は引き延ばしたい一心で、そんな返事をした。ゼアトスはあくびをかみ殺しでもしたのか、口を片手で覆ってしばし無言でいたが、程なくして言った。
「いやはや。ギャンブルでは色々と裏技めいたことを駆使していた割に、高潔な心根の持ち主だねえ」
「イカサマではないのだから、矛盾はしていない」
「確かにね。――それにしても誤算だった」
ゼアトスの口調が急に、晴れ晴れとしたそれに変化した。違いがはっきり出ているから、私も天瀬も耳を疑い、目を丸くしてしまう。
「あの、ゼアトス様、誤算とは」
私が問いたかったことを、神内が聞いてくれた。
「甘い条件を示せば、ほいほいと乗ってくると見込んでいたんだよ。当てが外れた」
ゼアトスは目を細めて、(多分)笑いながら、他の神様達へ向き直った。神内もハイネも「は、はあ……」と依然として困惑の反応を見せている。
「その上で、勝負を終えたあと、提示したような収束が簡単には成せないことぐらい分かるだろうと、真実を突きつけるつもりでいた」
「えっ」
これは私の声。神内やハイネの表情には驚きはなく、納得したようにうなずいている。
「後付けになりますが、私も少しおかしいと感じてはいました」
特に神内がほっとした風に言った。
「ゼアトス様が言われた流れで事態を修復するのは手間暇が掛かるのに、彼――貴志道郎には数日あれば事足りるかのような口ぶり。もしや、私のような者では不可能でも、ゼアトス様なら可能にする術をお持ちなのかと考え、黙っていましたが……」
「僕の位でも、時間は掛かるし、複雑な手間を要するのも間違いない。もしもそんなことが容易に可能なら、天瀬美穂さんに降り懸かる危機の回避を最初から神内君任せにしないで、僕自ら処理していたよ」
「その点は合点が行きましたが」
神内がいささか言いにくそうに、目を伏しがちにする。それでも彼女は続けた。
「貴志道郎にことの真実を伏せたまま、話を続けておられたのは何ゆえでしょう? 私には見当が付きません」
「おや。そこには思い至っていないのかい」
ゼアトスは意外だとばかりに口をすぼめ、また元の笑みに戻る。そうして私の方を見た。
「キシ君に最大級の敗北感を味わわせるにはどうするのが効果的か、短い間に策を練ったんだよね。思惑通りに進んでいれば、私はこれ以上ない勝利の美酒に浸れたものを、残念ながら回避されてしまった」
肩をすくめるゼアトス。挑発がまだまだ続いているのか、それともこれがこの神様の素ってやつか。
私は冷静でいようと努めた。努めたけれども、むかつきが止まらない。むしろ、徐々にではあるが大きく膨らんでいる。ゼアトスの言う敗北感とは違うが、受けた精神的ダメージは大きいと嫌でも自覚する。四番勝負がほぼ意味のない対決だったことに続いて、今度はゼアトスとの駆け引きすら、無駄に時間と神経を費やしていただけだったとは。
「あんたの勝ちでいい、ゼアトス、さん」
なるべく平板な調子になるように注意し、声を絞り出す。
「うん?」
「あんたが考えていた策を聞いただけで、充分にダメージを食らった。お望みの通りにな」
「私が望んだダメージレベルに達しているかどうかは――」
「六谷を早く戻す方法がないのなら、我々だけでも早く戻してくれ」
相手の台詞を遮って、最初に約束された要求を静かに口にする。ゼアトスは一瞬、目を見張ったようだったが、機嫌を悪くした様子もなく落ち着いた口吻で続ける。
「まあ待ちなさい。僕とて、人間に対してただただ傲慢な態度を取るだけの馬鹿ではないよ。そちらの心理の動きはよく分かっている」
「駆け引きを続けるつもりなら、もうお断り。終わりにしたい」
「そこも分かっているよ。だから駆け引きなしに、率直に言うとしよう。キシ君の力を借りたい。念のために言い添えると、力とはパワーではなく能力、知恵の方だよ」
「……何に関して私が協力すればいいのか、そしてその見返りは何なのかを言及してもらわないと話が進まない」
猜疑心をなるべく消してゼアトスの言葉を耳に入れようとしているんだが、どうもいけない。
「我らの当面の目標は、九文寺薫子が命運とは異なり、二〇一一年の震災を切り抜けられた経緯を突き止めること。このために知恵を出してくれないかな。そして原因の特定に貢献が大なら、六谷某に課す試練の短縮を約束する」
「……」
案外、悪くない話ではある。ただ、曖昧な点がまだ多い。
「二つ、確認したい。貢献が大きかったか否かの判定基準は? それと、六谷の試練の短縮とはどの程度短くなる?」
「順序が逆になるが、二つ目の問いから答えるよ。原因が分かった場合、六谷某には強烈な悪夢を見せるとしよう」
悪夢を見せる、だって? どういうことだ?
つづく
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