第485話 違って……ないよ
四番勝負の事後処理は済んだも同然だし、私がどこに戻るかなんてことは神内さんにでも任せて、さっさと引き上げるのがありそうな流れじゃないか。もしくは、自動的に二〇〇四年に戻されるとか。
なのにそうなっていないのは……ゼアトスが何らかの思惑があって、それに沿うように話を運ぼうとしているのかもしれない。私は警戒を怠らず、答を口にした。
「二〇〇四年の岸先生としてやり残していることがあるので、あの時代に戻るのも多少は未練がある。とはいえ、やはり、二〇一九年に一刻も早く戻って、彼女と――」
天瀬の方をちらりと見、台詞を続ける。
「ちゃんとした姿で会いたい。彼女を安心させることにもつながる」
「なるほど。予想通りの答だった」
ゼアトスの返事に嫌な予感が高まった。
「では望みの通りにしてあげよう、と即断即決してもいいんだが、僕は“
二〇一九年に戻ることを選択すれば、不利益が生じる? そんなはずは……だって、しかるべき形に戻るだけだぜ?
「不思議そうな顔をしてるね。問題が片付いたという高揚感故か、もう一人の存在をすっかり忘れているようだけれども」
「……六谷か」
忘れていた訳じゃない。あいつのために戦ったようなものだから、忘れるはずがない。だが、勝利したときの対価には、私だけでなく六谷の帰還も含まれていたのは失念していたと認めざるを得ない。
勝負がなかったことになり、その上、対価に関する話もさっきのあれで決着だとすると……少々面倒な事態に陥ったようだ。
「六谷は二〇〇四年に取り残されるって訳か」
「然り。ああ、問われる前に言っておくと、先ほどの対価の話の折にキシ君が、六谷某も本来の時代に戻れるようにして欲しい、などと言い出しても撥ね付けるつもりでいましたよ。勝負をなかったことにしたのに、キシ君を元に戻してあげようというのは、その活躍を評価し、敬意を表したまで。勝負の場に来られなかった六谷某にまで、恩恵を与えるいわれはない」
「し、しかし、あいつが出て来られなくなったのは、そこの死神のせいであって」
「甘いこと言わないでもらいましょう」
不意に、ぞくりとさせられた。ゼアトスの話し方が、何だか鋭利で冷たい
「嫌だったら、最初っからメンバー交代の話を飲まなければよかった。六谷某が回復するまで延期だと強く主張すれば、あなたの口八丁手八丁で神内さん達を説得できたでしょ?」
「うう……だが、あのときは強く言い出せる空気ではなかった」
「言い訳だね。多分だけど、キシ君の心のどこかに、ちょっぴり色気があったんじゃないかな? 代理のメンバーに天瀬美穂を指名すれば、大人の彼女と久しぶりに会える!なんていう浮き立つ気持ちがね」
……それはゼロだったとは言わないが。
「六谷某も気の毒だ。君のささやかな欲情が、こんな結果を招いた。この事実を知ったら、何て思うかなー?」
精神的に追い詰めようとしているのは分かる。分かるのだが、抗弁する材料がない。このまま二〇一一年の六谷の魂が二〇〇四年に取り残されるのだとしたら、間違いなく私の責任なのだから。
「ちょっと待った!」
落ち込む私の耳に、その声は素っ頓狂な調子で届いた。
顔を起こして振り返るまでもなく、天瀬が発した声だった。
当然ながら、ゼアトスら神様三名も彼女を注目する。見つめられた天瀬は少しもじもじしながら、言葉をつなげた。
「えーと、あの、お話の途中みたいですが、ちょっと待ってください」
「何でしょうかね、お嬢さん?」
ゼアトスが例によって面白がる口ぶりで聞き返した。ここにきて、初めて“お嬢さん”と呼ぶなんて、明らかに見下している。
「私は、皆さんのお話のすべてを理解できている自信はありません。だからとんちんかんなことを言うかもしれませんが、笑わずに聞いてください」
「……聞きますよ。笑わない保証は無理だけれども、最後まで邪魔せずに聞くことは約束する」
「仕方ありません、それでだけで充分です。あ、ありがとうございます。――きしさん」
「は、はい?」
ゼアトス達に対して一席ぶちそうな勢いだった天瀬が、私に話し掛けてきたのでちょっと面食らった。次の言葉を待つ私の前に、彼女はとっとっとと駆け寄ってきて、目の前で立ち止まった。
「どうなんだろうと迷っていましたけど、確信が持てました。いえ、持てたわ。やっぱりあなた、貴志道郎さんね?」
音声で問われたって字面は分からない。でも、文脈から推し量って、意味は容易に理解できた。
「ああ」
私は頷き、肯定した。
「ミチローと書く貴志道郎だよ」
「だと思った」
天瀬の表情から険しさが取れ、目元がほころぶ。
今さらな気がしないでもないけれども、ようやく理解してもらえたと思うと、嬉しさがこみ上げる。抱きしめたい気持ちも当然沸き起こったのだが、いくつかの理由があって自重するとしよう。
つづく
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