第264話 切り替え時を違わぬように

「……具体的に見えて抽象的な問題だな」

「大人でも難しい?」

「難しいかどうかは分からないが、つかみ所がなくて難しそうだ。一応確認だけど、ソレっていうのは実際に幼稚園児が使っていたら、大人はどう思うんだろ? 差し支えがないなら教えてくれるか」

「いいよ。普通の大人なら『まだ早い』って思うだろうね」

「……それって滅茶苦茶ヒントになってないか? 問題とは無関係にぱっと思い付いたのがあるぞ」

 ストレートに思い付いた物を言ってもよかったんだが、とりあえず様子見だ。ここで下手に当てたら五問目も時間が残ってるからとこの場で解かされそうだし。

「思い付いたとしても、ちゃんと理由が説明できなきゃだめだって、先生なら言わなくても分かるでしょ?」

 当然、承知している。たとえとんちであろうとなぞなぞであろうと、理由は大事だ。むしろ理由がいい加減だと問題としてだめな気さえする。

 ここはやはりクイズのセオリーに従うとしよう。逆さまにしたら問題がなくなるっていうことは、ソレを逆から読めば問題のない物体になるというのだろう。そして問題文の中で不自然な箇所を洗い出しておく。この第四問の場合、全体を通しで読んでもさほど不自然に感じないけれども、強いて挙げるとするなら“いたいけな”だと思う。幼いとかかわいらしいといった他の言葉に置き換えられる反面、省いても何ら不都合はない。にもかかわらずこの言葉を使ったのには、理由が隠されているのかもしれない。

 私は最前、真っ先に思い浮かべた物体の名称を頭の中で平仮名に直し、反対から読んでみた。

「あ……分かったかもしれん」

 教室の手前、三メートルぐらいまで来ていた。ちょうどいい頃合いだ。

「携帯電話じゃないか? 問題に沿って答えるのなら、平仮名で『けいたい』だ。反対から読めば『いたいけ』になるから」

「先生――ご名答!」

 ファイナルアンサー?で知られた有名クイズ番組の司会者を彷彿とさせるノリで、六谷は言った。

「『けいたい』を逆から読むと『いたいけ』になり、いたいけな子供の持ち物にふさわしっていう理屈だよ」

「うーん、だったら最初から携帯電話であることを明かした方がいいんじゃないか? 元の問題文だとソレを子供が使っちゃいけない理由がぼやけている。携帯電話だとはっきり言った上で、どうして逆さに持たせたらOKになるのかに焦点を絞った方が、面白い問題になるような気がしたな、先生は」

「言われてみればそんな気も……」

 顎に片手を当てて考える様子の六谷。怒濤の出題ラッシュをどうにか食い止められたようだ。

「じゃ、授業が始まるからここまでだ。五問目を出したいのならあとで聞くよ」

「うん。先生の冴えはようく分かったからもう出さなくてもいいかもしれないけど、一度は降参させたいね」

 楽しげに言って、六谷は教室に入り自分の机に戻っていった。

 子供らしい振る舞いは結構なことだ。が、本番もこういうノリでいいのだろうかと一抹の不安も覚えた。


 放課後を迎え、この日の終わりの会がすんだところで、六谷が飛んできた。

「おっ、やっぱり出題するのかい」

「もちろんだよ。じゃあ、僕からの最終問題になる第五問。

 ここに赤、青、黄色のボールが三つあります。手触りやサイズなどはどれも同じで、触っただけでは区別が付きません。

 中が透けない袋にこれらのボール三つを入れ、袋の中を見ずにボールを二つ取り出した場合、残った一つが赤いボールである確率は何パーセント?」

「……え?」

 それだけ?と問い返しそうになった。簡単すぎやしないか。

 まじまじと出題者の顔を見てやったが、「うん? どうかしたのかな先生?」と(多分)とぼけられた。

 うーん、改めて考え直してみるも、答は簡単三分の一の確率であるとしか浮かんでこない。問題文ではちょっぴりややこしい表現を取っていたけれども、要するに無作為に二つボールを取って、残り一つが赤である確率を問われているだけのこと。三色しかないのだから三分の一だ。まさか、“三分の一パーセント”と単位のミスを誘発するための設問じゃあるまい。

「かなり意地悪な問題だから、じっくり考えてきていいよ。もう先生の実力は分かったし」

「文字にして書き写させてくれるかな」

 承諾を受け、私は手帳に問題文を書き写した。

「これはあれか。引っ掛け問題的なタイプ?」

「そう、だね。うん、多分そうなる」

 勘は冴えていたが、さてどんな引っかけになっているのかが皆目見当が付かない。どこかに思い込みがあるんだろうけど……。

「一応、二十四時間をタイムリミットにしておくから。がんばって考えてよ、先生」

「ああ」

 そう応じたものの、どれほどの時間をクイズを解くのに費やせるのか分からないので自信はない。このあと会議に出て、それが終わったら、三森刑事のところに出向くのだ。アドレス帳を返してもらったら、きっとその中身をじっくりと、それこそ夜を徹してでも目を通したくなるだろう。ひょっとしたら、天瀬の次なるピンチについてのヒントが隠されているかもしれないのだから。


 つづく

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