第427話 神とは違うけど能力持ち

 神内がくるっとこちらを振り返る。天瀬とは若干距離があるので分かりづらいが、彼女も多分、同じように私の方を見ただろう。

「何か?」

「神内さん。聞こえよがしに会話するのはかまわないけど、分かるように話してくれないか。身体に異変が起きているのは、外ならぬ私なんだから」

「それ、やったのは私じゃないから」

「うん、その点は想像が付いた。天瀬――さんがやったことなんだろ。どうしてこうなったかが知りたいわけで。あと、勝負の方はどうなったのかも」

「まあ、人間が説明しようにもどうしても想像混じりになるでしょうし、私が言ってあげてもいいんだけど」

 何やら言い淀む神内。物申したいことがありそうな雰囲気だ。といって、よく飲み込めぬまま譲歩するのも問題があるので、ここはスルー。相手の次の言葉を待つ。

「天瀬美穂さんが使ったのは、いわゆるチート能力ってやつよ」

「ちょっと待て。彼女は普通の人間のはずだが」

 私は足になった手を振った。実のところ身体が冷えてきていい加減、海から上がりたいのだけれども、手がこの有様では躊躇ってしまう。もし勝負がまだ決着していないのなら、不用意に動かない方がいい気がした。

「話はおしまいまで聞きなさいっての。普通の人間でも、思い通りになる可能性を秘めた場合ってのがあるでしょうが」

 持って回った表現をするなあ。“人間でも思い通りになる場合”と断言せずに、可能性云々と付け加えるのは、思い通りになることがやっぱり難しいという証だろうに。ああ、だからこそさっき神内は、天瀬を見て驚いていたのか?

「……今の神内さんの言葉、思い通りになることもある、という理解でいいのなら、一つ思い付いた」

「どうぞ言ってみて」

「自分が見ている夢の世界だ。夢の中でなら、自分が思った通りになる場合がある」

 それなりに確信を持って、私は答えた。

 他人に聞いて回って統計をきちんと取ったわけではもちろんないが、見ている夢の中で、たとえば宙を飛び回りたいと願ったら飛べたり、このあとごちそうを食べたいと思ったら豪勢な料理にありつけたりといった展開になった経験のある人はかなり多いんじゃないだろうか。必ずしもいいことばかりが起きるんじゃなく、こうならないで欲しいなと頭をよぎったことが起きてしまうケースも含めれば、相当数に昇ると思う。

「はい、正解」

 神内は片足で狭い足場に立ったまま、微動だにすることなく拍手をした。

「天瀬美穂さんは、私達が今いる夢の世界に限って言えば、神にも等しい存在。その夢を見ている当人なのだから、当たり前よね」

「確かに、気付いてみれば当たり前だ。しかし、完全には思い通りにならないものなのだろう? もし完全に思い通りになるのなら、勝負が成り立たなくなる。そんな不利な条件を、あなた方が飲むはずもない」

「そうね。今、岸先生のガードはゆるゆるだから、思考を読ませてもらったけれども――」

 あ、忘れてた。意識して気を引き締めなければ。

「――あなたが考えたように、夢の中ではそうなって欲しくないことでも、脳裏をよぎっただけで起きてしまうことがある。ほんのちょっとの雑念で起きたり起きなかったりで、まるで甘えたがりだけれども言うことを聞かない気まぐれ猫みたいなところがあるのよ、夢って。なので、基本的には、願ったことがストレートに起きるなんて、簡単には起こらない。自分自身、信じ切って、混じりっけなしの気持ちを込める必要があるわ。わずかでも他のことが頭をかすめたり、願っていることに疑いを持ったりしたら、たちまち未遂に終わるか、別の事象が起きてしまうのが関の山」

 そんなにも困難なことなのか。神内が驚くのも無理ないほどに。

「じゃあたとえば、神内さん」

 天瀬の声が割って入ってきた。海風がそこそこ強いというのに、彼女には私と神内との会話がはっきりと聞こえているらしい。これも、天瀬自身の夢だから、かな?

「私が混じりっけなしにハイネさんをどこか遠くにやってほしいと願えば、叶うかもしれない?」

「可能性はあるとしか言いようがないわね」

 苦笑交じりに応じる神内。そうしてもらってもかまわないという態度が、ちらちら見え隠れしているような。

「でも恐らく無理ね。あなたの一途に思う集中力にはびっくりさせられた。足の裏が足場から離れたら負けになるというルールが頭にあったので、それならば彼の手を足にしてしまえばいいって考えて、それを実現させちゃうのだから」

 夢の中の出来事に“実現”も何もないと思うんだが、細かいことは言うまい。

「普通は思い付いたとしてもできない。色んな思いが入り交じるものだから。夢の中を自由にコントロールできるとは考えもしなかったからこそ、あなたの夢の世界を対決の場に選んだのに。予定外だわ、ほんと」

「だったら、ハイネさんを遠くに行かせるのも……」

「繰り返しになるけれど、それはまず不可能。さっきハイネと相対したときに味わったと思うんだけど、どうだった? 過剰なほどの恐怖や嫌悪感があったでしょう?」


 つづく

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