第164話 自信の有無の違い
本当か嘘か知らないけれども夢は人が記憶を整理するための行為の産物、とか何とか、誰か偉いさんが言っていた気がする。
私も夢を見たのか否かは定かじゃないが、記憶の整理は行っていたようだ。その証拠になるのかどうか、目が覚めると、頭がいつになくすっきりしていた。
映画系テーマパークでの出来事は、特にトラブルもなくすんだからよかった。大阪にいるらしい柏木先生が現れるんじゃないかという想像を、頭の片隅に置いていたのだが、取り越し苦労に終わった。彼女に関しては、心配する必要はもうあるまい。
それでも、ちょっと迂闊だったなとあとになって反省したのは、六谷にかかりきりになって、水族館では天瀬から完全に目を離してしまったこと。喫緊の危機はとりあえず去ったと思ってはいるが、それなりに因果関係のある出来事に限った話だ。前兆なんか全くなしに、通り魔とか、自然災害や事故に巻き込まれるといったケースまで考え出すと、いつ何が起きるか分からないのは言うまでもない。
尤も、二〇〇四年の六月に関西で小学生が巻き込まれるような大きな事件や事故は起きていなかったという記憶があって、結構当てにしている。
六谷との話で改めて感じたが、大きな事件や事故については過去は変わらないが、些細な出来事は変わり得るようだ。私の知らない謎の流行り物があったり、六谷が一度経験したのと違う出来事が起きたりと、比較的小さな事柄については以前と様相を異にすることも多々あるのではないかと思う。
たとえば、細かいことに入るのかどうか、ボーダーライン上になると思うが、弁野教頭と柏木先生による犯罪。岸先生を襲うくらい思い詰めていたのなら、弁野教頭の奥さんもいずれ亡き者にしようと狙っていた可能性がある。しかし、私が来たことによる二回目の二〇〇四年では表面上、何も起きなかったことになった。また、六谷の話から推測するに元々の二〇〇四年でも、犯罪と呼べるような出来事はなかったようだ。想像を逞しくしてみると、一度目は、岸先生がこの小学校を辞めたことにより、弁野教頭が代わりに六年三組の担任に入った。その結果、忙しくなって、犯行に至らぬまま時間が過ぎたのではないか。もしかすると、仕事に張りの出て来た教頭と、奥さんとの仲が急速に修復されたのかもしれない。
二回目の二〇〇四年では、そうなるルートを私が邪魔した形になったものの、私は私で天瀬を守るために奮闘したところ、弁野教頭ら二人の犯罪を未然に食い止めた。結果的には同じ鞘に収まり、過去の変更は最小限で済んだ……となるのではないだろうか。
ただ、この考え方を採用すると、以前にも悩まされた疑問に舞い戻ってしまうのが何とも嫌な感じだ。すなわち、私がこの時代に来たせいで、天瀬に危険が降り懸かっているのではないか?と。
それだと因果関係がおかしくなるんだが。例の天の意思は、天瀬美穂の身の安全を確保するために、この貴志道郎を選び、十五年後から二〇〇四年に送り込んだはず。なのに私のせいで彼女が危険な目に遭いかけたのだとすれば、世話はない。壮大なマッチポンプ、自作自演にもほどがある。
ここは前向きに捉えるとしよう。私が元の時代の自分に戻れないのは、まだ天瀬の危機が去っていないからである。そしてそれこそが、私がこの時代に来る来ないとは関係なしに、本来、天瀬に降り懸かる危機であり、私が対処すべき危機のラスボスであるに違いない。
本命の危機が訪れるよりもだいぶ早くこの時代に送られたのは、私が岸先生として天瀬の身近に居続けるため。岸先生が意識を失ったあのタイミングをおいて他になかったから。
このように解釈すれば、私が来たがために天瀬をピンチにしてしまったのではないかという不安は、やむを得ないものとして納得できるし、天瀬に実害や悪い影響は及ぼしていないという結果にも自信が持てるというもの。この自信が大切なのだ。これからも信念を持ってやっていける。
この土日は学校はなく、完全休養日ではあるが、引率教師の一人として、今回の修学旅行の総括的なことを文章にまとめておかねばならない。週明けの月曜には、クラスで反省会を開くことにもなっており、通り一遍にではなく、真面目に準備しておく。
最終日、あまり目が行き届かなかった点が不安ではあるが、水族館を離れて以降はそれなりに目を配ったつもりだし、トラブルやハプニングはなかったから大丈夫だろう。
その書き物に時間を費やし、下書きがほぼできあがったのが昼前。朝食をコーヒーと修学旅行でクラスの子達からもらった菓子の残りで済ませたせいか、空腹を感じるのが早い。元々、修学旅行に出発する前に、冷蔵庫をほとんど空っぽにして行ったので、買い物に出掛けなければならない。
買い物のメモをしようと思い手帳を開くと、「スーツの切れ端!」と走り書きしているページに目が留まった。何のことかすぐには思い出せなかったが、やがて記憶が甦る。
買い物に出掛ける前に着替えるし、ちょうどいい。スーツを破くのはさすがにできない、もったいないので、一番着古した様子のワイシャツを選び出し、その一部を切り取ることにした。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます