第435話 解釈はちょっと違うも意味は同じ

(最初の6、6は繰り返しであって、間に文字は入らないのかもしれない。そして“くださ”はやっぱり、6を出してくださいと解釈するのが妥当なような)

 相手が死神だとしたらそんな丁寧な言い方するかなと考え、ちょっと笑った。

(仮に想像がこれで当たっているとしても、何をすればいいのかさっぱりだ。ただ単に6が出るまでサイコロを振るって、そんなばかなことはないはずで。条件があるに決まっている。いったいどんな条件を付けられているのやら……)

 分からないまま、持って来てもらったサイコロを取り出す。一般的な小さな白いサイコロの他、木でできたやや大ぶりの物もある。木製の物を手に取った。一辺が三センチ弱ある。

(こいつ、癖があるんだよな~。今よりももっと小さい頃に、双六でよく遊んでいたから分かる。だから練習にならない。名字の六がここにある数字の6を意味すると知ってから、やたらと6の面を撫でていた時期があったせいだと思うんだけど、他の目に比べて6が出やすい。間違いない)

 お笑い芸人の決め台詞をもごもごと呟きながら、何ら意識せずにサイコロを振ってみた。

 ベッド備え付けのテーブルに投じた木製サイコロは何度か小さく跳ね、テーブルから飛び出して、床へと転がった。六谷はベッドの縁から身を乗り出し、出目を確かめた。

(ほら、やっぱり)

 6の面を上にして止まったサイコロに、手を伸ばす。触れた瞬間――。

「!?」

 “よくやった”という岸先生の声が、サイコロを通じて聞こえた気がした。


             *           *


 私が願いを込めて投げたサイコロは、升のほぼ中央で、6を出して止まった。

「よしっ」

 6、6、6。とにかく6出してくれ――と、祈りという単語が有する荘厳さとは無縁の、ややもすれば荒っぽい言葉で念じたのだが効果があったらしい。

「よくやったぞ、六谷。祈りが通じたようだ」

 無論、私とて祈りが通じたと本気で信じているのではない。それでも神内に聞かせるために、大げさな身振りを交えて言う。つい調子に乗ってオーバーになり、足場を踏み外さないように気を付けねばならぬほどだった。

「まったく……呪いは解けたと思ったのに」

 肩をすくめる神内。彼女の足場はいつまで経っても沈まない。

「おいおい、作動しないようだが」

「負けを認めるから、このままで勘弁してもらえないかしら。濡れたくないの。着替えるのが面倒だし」

「神様なら着ている物くらい、一瞬でチェンジできるんじゃないのか」

「だからそれ以前に、濡れるのが嫌だって言ってるの。これでもお化粧しているのよ」

 いや、服が一瞬で替えられるのなら、化粧も一瞬で直せるだろ。そう突っ込みたくなったけれども、まあ許そう。そもそもこの勝負、天瀬の夢限定能力が偶然にも発揮されたおかげで、勝ちを拾ったのだから。あの場面で神内がごねて、いや、正論を主張し通していたら、こちらも負けを認めざるを得なかったろう。

「じゃあ、濡れなくてもいい。ただし、はっきり決着したと分かるように、あなたから先に足場を離れてくれるかな」

「用心深いわね。ま、それならお安いご用」

 言うが早いか、えい、とばかり跳躍した神内。目で追うのもしんどいくらいのスピードで、次の瞬間には浜辺へと降り立っていた。

「これで完全に私の負け。納得したでしょ」

「あ、ああ。何て言うか……ありがとう。それから、早いところ私もそちらへ戻してもらえると助かるんだが」

「あら。一度、全身濡れ鼠になったんだから、泳いできても問題ないんじゃなくて?」

 意地の悪い神様だ。

「冗談だろ?」

「私はどちらでもいいんだけど。大きな波を起こして、一気に浜まで運んであげようかしら」

「辞めてくれ、縁起でもない」

 神内の台詞から、津波を連想した。私や天瀬は――それにもしかしたら六谷も――、九文寺薫子とその家族が東日本大震災に関わる運命を変えるために、こうして奮闘しているのだ。たとえ冗談であっても、波に運ばれるというのは御免蒙る。

 神内にはしかし、行きと同じように移動させてくれる気配が見られない。私は意を決して、足から海に飛び込んだ。

 海面に両足から突っ込み、派手に水しぶきが上がる、と思った刹那、不意に水が消えた。

「おわ!?」

 そのまま、砂地に着地。その砂がクッションの役割を果たしてくれたか、足を挫くようなことにはならなかったが、前のめりに転んでしまった。

「いてて……」

 砂を噛む目に遭うかと思ったら、これまた外れ。海水に続き、砂も一斉に消えた。最初の対決の場であった教会内に戻ったようだ。

「戻すのならそう言ってからにしてくれよ」

 身体を起こしながら文句をぶつけようとしたが、視線の先に神内の姿がない。浜だった辺りをざっと見渡したが、いるのは天瀬一人だけである。

「天瀬さん、あの女の神様は?」

「消えました」

 両手を胸の前で軽く絡め合わせ、若干心細そうにこちらを見る天瀬。私は彼女のもとへ走った。ずっと足場の上で頑張っていたせいか、多少よろめきながらになる。勢い余って、彼女に覆い被さりそうになった。


 つづく


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