第434話 サイコロ違い

「そうよ。知ってるでしょう?」

 母親は六谷のつぶやきを疑問文として受け取ったようだ。改めて料理に目をやってから、話し続ける。

「見る限り、本当の塊肉じゃあないわねえ。成型肉ね、ミンチを脂でくっつけて固めた物よ。まあ、食品の安全には充分配慮していると言っていたから大丈夫でしょうけど。それよりも、添えてあるピーマンの方が心配かしら」

「う、うん」

 訝しむ母親の目に、思わず顔を背ける。静かにじっくり考えたい。六谷は「やっぱりレンジでチンしてきてもらって」と頼んで、母親を送り出した。

「容態が変化したんじゃないんだし、コールするんじゃなくて、直接頼みに行ってよ」

「変なところに気を遣うのね? まあいいわ。行ってくる」

 いない間に、寝言?で口にしたフレーズの意味を突き止めたい。

 ドアが閉まるのを待って、六谷は衣服を置いてあるスペースに手を伸ばした。書く物が欲しくて、生徒手帳を探すつもりだったが、すぐに勘違いに気付く。

(いっけね。今は小学生なんだった。ノートならそこにあるけど、書いたら跡が残るからなあ。見られるのが岸先生だけならいいんだけど、そうも行かないだろうな。ま、破り取ればいいか)

 鉛筆を持ち、ノートを開く。

 「サイコロ」と「六 六 くださ」と最初に書いた。

(サイコロっていえば、岸先生が言っていた、神様との対決に関係しているかもしれないんだ。何たって、最初の対決のときに先生と神様がサイコロを使って勝負したって言うんだから)

 練習試合的なニュアンスだったそうだけど、本番でもサイコロ勝負になる可能性があるからと捉え、六谷自身もなるべく狙った目を出せるよう、投げる練習を少しばかりしていた。入院が決まったときも、サイコロを持って来てくれるよう親に頼んだほどだった。

(それはそうと、勝負はいつになるんだろ? あれから全然、動きがないけれども。……頻繁に見るようになった、死神っぽい奴の出て来る夢と、関係があるのかないのか……)

 遅まきながら、ふと思い当たった。死神も神の“一種”なんだったと。これは間が抜けていたかもしれない。自省しつつ、六谷は自分が勝負の場から置いてけぼりを食らったんじゃないかと想像した。

(岸先生の口ぶりだと、対決はすぐ様ってことはないけれども、それでもそんなに先の話でもなかった。自分が発熱だの入院だのしている間に、始まってしまった? いや、今まさに行われているのかも? さすがに想像を逞しくしすぎか)

 窓の方を向きと、外は暗い。何時なんだろう。いや、それよりも何日経っているんだ? 不安に駆られ、自分だけ除け者にされた気がしてならなくなる。

(先生は夢を通じて神様の一人とやり取りしていると言っていたはず。死神だって夢にのみ現れた。だったら、僕が夢で聞いたこのフレーズも、夢を通じた何らかのメッセージ? サイコロステーキと聞いてサイコロが関係ありそうに思えたのは、神様との勝負に関係するメッセージという意味かも)

 すぐにでも岸先生へ連絡を取りたい。今どうなっているのか話を聞きたい。だが、あいにくと携帯端末の類は病室に見当たらなかった。母親が置いて行ってくれたらよかったのにと思った六谷だったが、はたと気付く。

(二〇〇四年はまだ、病院における携帯電話の使用が禁じられていたんだっけ。うろ覚えだけれども、ペースメーカーを含めた医療機械に悪い影響を及ぼす可能性があるとかどうとか。えーと、確かPHSなら使えると言われていた気がする。何にしても、うちの親が持っているのは一般的な携帯電話だったから、ここでは使えない)

 電話で岸先生に尋ねるのはあきらめた。病室を抜け出して、院内の公衆電話を使えば可能だが、少なくとも今は無理。母親が戻ってくるまでに済むとは考えられなかった。

「参ったな。現状、自分で想像するしかないわけか」

 ついつい、愚痴が声になって出た。もし勝負が始まっている、もしくはすでに終わっているかもしれないと思うと、焦燥感に駆られる。深呼吸して落ち着こう。

(ひょっとして、知らない内に勝負は始まっていて、でも僕も強制的に参加させられている。そして夢の中のお告げの形で、何らかの関門を示されているとかだったら……厳しいな。

 いや……悲観してばかりいても、事態は変わらない。ともにもかくにも、夢で聞いたフレーズだな。今の僕にはこれしかないんだ。ロクロククダサ)

 つなげて、心の中で読んでみる。まるでおまじないだ。

(意味のある単語に区切り直すのはどうだろう? 最初の三文字で“ろくろ”。次が……“九九”。最後は“ダサい”。の省略形? 強引に、意味のある単語三つにしたけど、結局は意味不明だ。これらを用意しろとかいう命令でもないよなあ。物体として実際に存在するのはろくろだけだし。

 だいたい、母さんが聞いたのは断片的だったはず。途切れ途切れになったフレーズの間に、適切な文字を補う必要が多分ある)

 書き留めたフレーズをもう一度、見直す。そしてサイコロのことも合わせて考えると、ロクは当然、数字の6しかない。


 つづく

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