第4話 同姓同名文字違い
「とにかく、顔だけでも見せてくれませんか。私、報告しないといけません。なのに、声のやり取りだけで帰るなんて、電話と一緒です」
「分かりました」
正論だし、変に勘繰られるよりは、ドアを開けて姿を見せるべきだろう。ノブ上のつまみを捻って、開錠を試みる。意外と固く、力が必要だった。
がちゃん。
大金庫の錠前かよ!と突っ込みたくなるほど大げさな音がした。その鍵の固さとは対照的に、ドアはほとんど力を入れずに、すーっと開いた。まるで自動ドアだ。
「ど、どうも。お手数をお掛けして、申し訳ございません」
何と言っていいか分からぬまま、片手を後頭部にやりながら、ぺこぺこした。そもそも、こんな語調で喋る男なんだろうか。ドア越しの会話では、不審がられてはいなかったと判断したのだが。
「元気そうじゃありませんか」
心配して損したと言わんばかりに、腰の両サイドに手をやって、ため息を吐く吉見さん。
「は、いや、頭痛がするのと、腹の具合がよくなくて」
「分かりました。もし昼からでも出て来られるようなら、学校の方に電話連絡をください」
吉見という女性は、しゃきしゃきした物言いをする人だった。色白で年齢は三十代半ばぐらいに見える。身長は私よりちょっと低い程度(と言っても今自分の身長が何センチあるのか正確なところは不明だが)、髪を束ねて後ろに長し、白衣を纏っている。保健の先生か。さっきの「私が診ます」云々という台詞とも符合する。
「あ、恐らく今日は無理です。皆さんにはご迷惑をお掛けして大変申し訳ないと、どうかお伝えください。生徒にも申し訳ないと」
「……」
吉見さんがじっと見上げてきた。
あれ? 何か失言をしただろうか? そりゃまあ、この緊急事態だから、謝罪の文言が多少おかしくなっていたかもしれないけれど、日常生活でそれくらいのミスは茶飯事だろう。
「ど、どうかしましたか」
「いえ。生徒でも間違いではないですけど、きし先生は確か普段、児童と呼ばれていたように記憶していましたので」
「――あ、そうでしたね」
自分のちょっとしたミスを理解した。そして私が宿っている?この男及び吉見さんは、小学校の先生なのだということも把握した。
「ついさっきまで見ていたテレビ番組で、中学校のいじめ問題を取り上げていて、影響を受けてしまいました」
こんな言い訳をくどくどとしなくてもいいんだろうけど、何か疑いの眼差しで見られている気がしないでもなかったので、念のため。
「とにかくお大事に。クラスの子に何か指示するようなことはありませんか?」
「え、えーっと。特には。とにもかくにも、すまなかったとだけ」
実情が全く分からないだけに、こんな適当なこと言ってしまって大丈夫か?と思ったのは事実だが、どうしようもない。
それからドアの向こうでは帰る気配がしたのだが、再び覗き窓から見てみると、吉見先生がきびすを返して戻って来た。
「まだいます、きし先生? いる物はありませんか。日常品なら買って来て差し上げますよ」
「だ、大丈夫です。い、今はただ横になりたいので、ほんと失礼をします」
「そうですか……。すみません」
ようやく帰ってくれた。
とりあえず……朝飯を食べる気にはなれないので、コーヒーでも飲みながら、この男に関する諸々を知ろうと思い立った。
が、インスタントコーヒーが見当たらない。代わりに、面倒くさい感じのドリップ式コーヒーマシンが見付かった。無駄に高そうなコーヒー豆も完備してある。
手回しタイプのコーヒーミルで、豆をがりがりやって粉にしつつ、この男の持ち物を適当に引っ張り出して情報把握に努めた。
まず、名前。
冗談だろと思った。字は異なるが、同じ読みとは。
歳は二十八。これも、私の元々の年齢とほぼ同じ。
体格も似たようなものだ。本来の私の方が若干、筋肉質なのは、結婚を控えていいところを見せようとトレーニングに時間を割いていたおかげか?
名前といい、身体条件といい、職業といい、重なる点が多い。だからこそ、過去に飛ばされた私はこの男の身体には入れたのかもしれない。
いや、全然納得できないが。
そもそも、この男について知るよりも、十五年後に戻るための方法を模索するべきじゃないのか。
そう考えたものの、取っ掛かりが何もない。ひとまず、レギュラーコーヒーを入れてみることにした。
つづく
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