第223話 見込み違いのこともある
うーん、もしこの想像が当たっているとしたら、恐るべしだな小六女子。
意中の男子の気を引く目的で、他の男子と仲よくしてみせるのは作戦としては間違っていないかもしれないが、色んな方面に被害が及ぶ危うさをはらんでもいるような。天瀬と急に仲よくなれてその気になった男子が長谷井と喧嘩になるとか、そういう男子と仲のいい女子から天瀬がつまはじきにされるとか。
まだ真意は分からないものの、それとなくやめさせる方向に持って行くべきか。と、そこまで考えてみたが、おかしな点に気付いた。
何で長谷井の気を引く必要があるんだろう?
今の天瀬が長谷井に好意を持っているのと同じくらい、長谷井も天瀬に好意を抱いている。これは間違いない。例の岸先生データにおいて付記されたマークが一致しているというのもあるが、そんなものを持ち出す必要はない。秘めたる恋心なんかではなく、傍から見ていても分かるレベルなのだから。
だったら何で天瀬は長谷井に見せつけるような真似をする? 別れたいというサインを発しているのではない。シンプルに、長谷井をキープしつつ、他の男子のこともよく知りたい、というだけなのかもしれない。ちょっとませた女の子らしいと言えばらしい。だけどそれなら長谷井のいる場でやらなくてもいいんじゃないか。長谷井のいないところで他の男子と仲よくするのは隠れてやっているみたいで嫌だからしない、なんていう理屈が成り立つんだろうか。
分からん!と疑問を一週間ほど引きずったまま、七月八日の放課後を迎えたのだった。
「先生さようなら、皆さんさようなら」をやって、さて職員室に戻るかというタイミングで、堂園が近寄ってきた。教卓の縁に両肘を乗せてにんまり笑う。
「先生。発表ありがとね」
「ああ。別に礼を言われるようなことでは。友達が話を聞きたがってるみたいだがいいのか」
教室の中程と後ろの出入り口にそれぞれ数名ずつ、主に男友達がいて、こちらを、というか堂園の方を見ている。転校の経緯を詳しく聞きたいのだろう。
「いいのいいの。あいつらにはあとで話すから。それよか、これから告白の返事を聞きに行くからね」
声を潜め、今度はにやりと笑う堂園。
「何だって」
「立つ鳥あとをにごさずって言うじゃない。結果がどうなっても先生には教えておこうと思ったんだ」
そのことわざの使い方はそれで合っているのだろうか。いやまあ、報告をしてくれるのは面倒な手間が省けて助かるが。
「先生からは何も言えない。ただ、OKをもらえたとしても、どうするんだそのあと」
天瀬の姿がすでに教室にないことを目で確かめながら、堂園に問うた。
「遠距離恋愛と言ったって、限界があるだろ」
「ネットで色々やり取りできるから心配はしていないよ」
深刻には考えていないようだ。文明の利器さまさまといったところか。
「じゃあね。待たせちゃ失礼になるし、ふられる確率が高くなってしまうから」
手を短い間振って、堂園は教室を出て行った。
このあと向かうのは体育倉庫か体育館の裏か? どちらも夕日を浴びるには角度がいまいちだから表側に出て来ると、今度は人目に付きやすい。建物の位置を頭の中に描きながら、そんな些細なことが気になった。
* *
実際に堂園が向かったのは、学校の外。一番手近にある小さな公園だった。小ささ故に利用者はほとんどなく、また植え込みなどの手入れも甘いため、生い茂った木々の枝葉が外に対するちょうどよい目隠しになっている。
「待った?」
堂園は一度学校の方を振り返ってから言った。学校の時計塔で時刻を見られるかなと思ったのだが、文字盤は読み取れなかった。
「時間は過ぎてないから」
ベンチ脇に立ち尽くしていた天瀬は、堂園の登場にもあまり表情を換えずに答えた。ランドセルはそのベンチの座面に下ろしてある。
「そう、よかった」
堂園は天瀬のほぼ正面、一メートル弱の位置まで来て立ち止まった。
「それじゃ早く答が聞きたい」
「転校するなんて言ってなかったのに」
一見、かみ合わないやり取りでスタートした。抗議口調の天瀬に対し、堂園は片手を頭にやって自嘲の笑みをこぼした。
「告白のときに一緒に言おうかどうしようか迷ったんだけどさ。あのタイミングで伝えると同情してくれって言ってるみたいで、格好悪いなと思ったんだ。それに常識的に考えたら、やっぱり引っ越していく奴と付き合おうなんて普通は考えないだろ。だったら黙っておこうって」
「それなら今日、直前になって転校するって知らせるのは何故よ」
「それはまあ、返事をもらったあとで知られるのもまた格好付けたみたいで嫌かなと思って。ちょうどいいのがいつなのか分からないっていうのもあったけど」
話す内に顔が熱くなるのを感じた堂園。普段はこの程度のことで恥ずかしいなんて感じない質なんだが……。さらさらの前髪をかき上げる仕種に紛らわせ、表情を隠してみた。
「いや、正直に言うよ。要するに、断られるのならその理由を自分で作っておきたかったって感じかな」
「断られると思いながら、告白してきたのね」
つづく
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