第199話 意見の違いを乗り越えて2

「いやだー! 砂田君、ヘンタイっ」

「男にもそれをさせるってか?」

 砂田に皆まで言わせず、ブーイングが巻き起こる。

「何でだよー、足をこう、ピンと伸ばすだけで倍は受ける。やることは輪になるのとそう大差ないじゃん」

「あるわっ」

 砂田を袋だたきにしかねないほどの勢いと剣幕が、声の波となって押し寄せる。ここいらで助け船を出しておかないと、後々ギクシャクするかもしれない。

「おーい、みんな、あんまり責めてやるなよ。砂田君だってよりよいものにしようと考えてのことだ」

 多くの者が「でもー」と言いたげ、あるいは実際に言った人もいて不満そう。当の砂田は、「さっすが岸先生、話が分かるっ」と助け船に乗ってきた。乗るからにはちょっとの間、大人しくしてもらおうかな。

「ただし、おふざけが過ぎる。シンクロナイズドスイミングの案は言わばセクシー路線でもあるから、絶対に許さないっていう親御さん達がいるだろうな。卒業アルバムを作ってから抗議を受けて回収なんてことになったら先生の立場が危うくなる。なので、担任権限で却下だ」

「そんなぁ」

 と嘆いた砂田だったが、他のクラス全員が頷いているのを察知して、「分かったよ」と折れた。

「まあ、今のはやり過ぎだとしてもだ。輪になるっていうのはこれまでと違うことをやる分にはいいとしても、真面目で少し固い。一方で、さっきの砂田君の話で今年オリンピックがあるのを思い出したが、五輪にするのはベタな感じだが、いかにもオリンピックイヤーらしいとも言える」

「五輪は悪くないかも」

「けど、クラスの人数で輪を五つって、ちょっと少なくない?」

 三十六名だから五で割ると一つの輪につき七人強か。確かにちょっと寂しい、こぢんまりとした輪になるかな?

「オリンピックとか言い出すんだったら、プールというか水の中で激しく動き回った方がそれっぽくなるような。水球とかポーズだけでも」

「動いてたらポーズを決めにくいよ。というか決められない」

「自分たちは止まって、周りの何か……水を勢いよく動かすなんてのは」

「あ、それならみんなで一列になってプールの中をぐるぐる歩いて回ったら、その内に渦ができるってのあったよね。あれ、面白かった」

「あったあった、授業でやった。結構勢い強い流れるプール」

「授業でやったというと、大勢で手をつないで横に広がって、波を起こしてさ」

「ああ、あれ。プールの壁に水をぶつけて、段々波を大きくしていくのも面白かった」

 挙手した人を委員長なり副委員長なりが指名してから発言が許可されるというスタイルが崩れると、話し合いが段々と雑談化していく。

 再び注意しに入ろうかどうしようか頃合いを伺いつつ、教壇に立っている長谷井と天瀬それぞれの動向も見る。このときは長谷井が動いた。

「みんな静かに!」

 長谷井が一喝すると、潮が引くみたいにざわめきが小さくなっていった。なかなか信頼を得ているんだなと、改めて感心する。

「とりあえず、みんなが今しゃべってた中から聞こえたのを書いてみるよ。最初に先生が言った五輪マークで、次に」

 板書はもちろん、天瀬の役目だ。きれいな字を書くんだが、今日はいつもと比べて、線を引く度にきゅうきゅう音を立てている。筆圧が強いようだ。あるいは筆圧ではなく自然現象――気圧や湿度が関係しているんだろうか。

 とにもかくにもやや耳障りではあるが、リズミカルに「水球」「流れるプール」「波立て」と書き記していく。ここだけを取り出して見ても、何の項目を挙げているのか分かりにくいな。

 天瀬の板書が終わったところで、長谷井が「これくらいかな。他にあったら言ってください。その場で手を挙げて、当てるから」

「んじゃ、はい、委員長!」

 手を挙げたのは、これまで大人しかった堂園だった。天瀬に気があるであろう一人だから、天瀬が例として出した輪を作って云々に賛成しているものと思っていたが、何か思い付いたらしい。

「波と聞いてぱっと閃いた。みんなが澄まし顔で並んでいるところに、大きな波が横から襲ってくる、その瞬間ていうのは何となく対照的で絵になるんじゃないかって。特撮映画の津波みたいに」


 つづく

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