第200話 ちょっとの差が大きな違いに
TSUNAMI。
二度目だ。ここ数日の短い期間にこの言葉を耳にするのは。
日常会話でそんなに頻繁に使用する単語でもないから、珍しい偶然と言えよう。
以前、耳に飛び込んできたのは水泳の授業だった。「津波攻撃」とか言うのを聞いて、心というか胸というか胃というか、とにかく身体のどこか中心に近い部分で、ざわっとざらついたものを感じた。
よっぽど、「不謹慎だぞ。その言い方はやめておきなさいと」でも注意しようかと思ったのだが、とりあえず堪えた。この二〇〇四年の時点で二〇一一年の大震災を引き合いには出せない。特撮物に出てくる怪獣で津波をモチーフにした奴や、津波のような攻撃をしてくる物はこれまでにもいたと思うが、抗議を受けてその関連作品がお蔵入り、封印されたなんて話は寡聞にして知らない。
だから、この二度目の「津波」にも特に咎め立てはしないでおこうと考えた。
思うに、津波と聞いてイメージする現象は、その世代というか年代で、大きく違ってくるんじゃないだろうか。
つまり、物心ついた頃から大人になるまでの間に、大きな津波のニュースに接したか否かによる。
たとえば一九六〇年代はチリ地震で起きた津波が日本にも到達し、多くの犠牲者を出した。
七〇年代は勉強不足でよく知らないが、八〇年代には秋田を中心に襲った津波により、遠足中の小学生を含む大勢の犠牲が出た。九〇年代は北海道の島が大津波を被り、やはり多数の犠牲者が出てしまった。
これらの津波災害をニュースの形でもいいからリアルタイムで接していれば、津波は恐ろしいものだという認識が作られる。
反面、接していないとどうだろう。日常生活の中に突如として津波警報の発令が緊急速報として飛び込んでくる。津波到達時刻と高さの予測が示される。高くてもせいぜい一メートルだ。そして到達時刻になっても観測されないままで終わるか、到達しても三〇センチだの二〇センチだののレベル。
無事でよかったねと安堵する以前に、なーんだという気持ちの方が強いのではないか。大騒ぎしておいて“ちゃぷん”と小さな波が打ち寄せる程度かよ、なんて風に甘く見るようになり勝ちではないか。そう思えてならない。
事実、今さっき堂園は何と表現していたか。
「特撮映画の津波みたいに」
である。津波による深刻な被害の出たニュースにリアルタイムで接していない世代は、津波とは物語の中だけで恐ろしい物として存在しているのかもしれない。
この子達はまだそういうニュースに接していないのだから、津波という言葉を軽々しく使ってもある意味仕方がない。二〇〇〇年からの十年間で起きた大きな津波というと……。
「……あ」
思い出して、勝手に声が漏れ出た。子供らに聞かれなかったか、とっさに口を手で覆う。
あれは小学六年生のクリスマスの頃だったから、今でもそれなりに印象深く記憶している。インドネシアはスマトラ島を中心にした甚大な津波被害があったんだ。時代は多くの者が当たり前に携帯端末を持ち、手軽に画像や映像を記録できるようになったいた。そのため、スマトラ島沖地震の津波の記録は膨大な量となり、それらを見た日本で暮らす私達の脳裏により一層強烈な印象を刻んだ。
だからこの子達が津波の恐ろしさを初めて感じるのは、今年(二〇〇四年)のクリスマス頃になるのだろう。
ということは。
卒業アルバムの卒業写真夏バージョンに、津波を思わせる構図の物を選んでいたら、何とも言えぬ後味の悪さが残るんじゃないか。見る度に、己の無知ぶりを恥じるかもしれない。ことを知った外部からの批判だってないとは言い切れぬ。
これは今の内に潰しておくのが賢明な判断だろうな。私は子供達の話に割って入った。
「ちょっといいかな。波を被る寸前の絵というのは悪くはないと思うが、タイミングが難しい気がする」
「タイミング?」
「シャッターを押すタイミングだな。波の水しぶきがかかる直前で、なおかつみんなが目を開けていてとなると、なかなかうまく捉えられないか、もしくはシャッターチャンスそのものがない場合もあり得る」
「そうか」
「だけど先生、動画撮影して切り取ればいいんじゃないの?」
思わぬ反論を食らった。うーむ。卒業写真を動画で撮った中からベストシーンを切り取る、なんてことをプロのカメラマンがするのかねえ? よく知らないがするとは思えない。親御さんからそんな楽をしていたのと文句を言われそうだ。
「確信はないけれども、卒業写真では動画から切り取るような作り方は避けると思うぞ。それにだな、動画にしたからと言って、絶対確実にベストショットがあるとは限らないだろう」
「そうかなあ」
「撮り直しになったら大変だと思うけどな。何度も波を被るのって。水を被る前はみんなの髪や水着が乾いている方がいい、なんてこだわり始めたら、乾かす時間まで必要になるんじゃないか」
ああだこうだと理屈をこねて、津波の案は板書もさせないで撤回させることに成功した。
つづく
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