第287話 ちょっとした思い違いをどうぞ


             *           *


 投影時間は全体で四十分ほど。プログラムも終盤に差し掛かり、みずがめ座流星群やペルセウス座流星群のお話が佳境に入っていた。記録に残る中でもよく降ったとされる年の流星群(みずかめ座やペルセウス座に限らず)を再現して、見せてくれたのには、大きな歓声が沸き起こる。

(プラネタリウムが新しくなっただけでどれくらい違いがあるのかと思っていたけれども……来た甲斐があった)

 通路から二つ目の席に座る天瀬美穂は頭上で繰り広げられる天体ショーに目を見張りながら、早々に満足感を覚えていた。

<――次は、皆さんの中にもご覧になった方が大勢いらっしゃるかもしれません。二〇〇一年十一月のしし座流星群です。詳細なデータが豊富にありますから、かなり忠実に再現されますよ。お楽しみください>

 五、六個同時は当たり前、ときに二桁に上る流れ星がほぼ同時に流れて天を横切り、光の痕跡を残す。ひときわまぶしい火球も次々と出現し、夜でなくなったかのよう。一瞬だが、一つ奥になる右隣の席の長谷井の顔がはっきりと見えた。

「すご……」

 男子の存在を気にする余裕?のある天瀬に比べて、委員長ときたらプラネタリウムの映像に夢中のようだ。圧倒された感嘆のつぶやきが独りでにこぼれている。

(楽しんでるみたいだし、思い切って誘ってよかった)

 今日、科学館に足を運ぶことになったそもそもの始まりは、交流行事がなくなったからに外ならない。先生からひとまず延期の連絡を受けて、スケジュールにぽっかり穴が空いた。一日ぐらい、宿題に取り組んでいればあっという間に埋まるだろう。それぐらいは容易に想像が付いたが、交流行事のディベートに向けて準備をしてきた分、ただ家にいるなんてできない、そんな気持ちになった。

 そこではたと思い付いたのが、長谷井を誘ってどこか遊びに行くこと。自分と同じく交流行事に参加する予定だった長谷井も、同じように時間ができたはず。個人的に遊びに誘うなんてこれまでなかったけれども、いい機会だと思った。

 行き先に関しては、誘った時点では一つに決めてはいなかった。身体を動かすのであれば市民プールにスポーツセンター、勉強寄りなら図書館。科学館ももちろん候補に入っていた。

「そういや自由研究って何するか決めた?」

 電話口で長谷井がそんなことを言い出した。まだ決めていないと答えると、科学館の展示が参考になるかもという話になり、プラネタリウムにも興味があったので決めた次第である。他の場所は、夏休みのいつ行ってもかまわないけれども、自由研究のヒントを探す目的で科学館に行くんだったら早い方がいい。

(自由研究、流星雨の観測もいいよね。これからみずがめ座とペルセウス座の流星群が相次いであるし。今観ているくらいに降り注いでくれたら、望遠鏡なしでも充分に観測できるんだけど、どうなのかしら。

 あ、そんな心配よりも、長谷井君とテーマが被ったら、変な目で見られるかな? 別に私はあんまり気にしないけれど、委員長には迷惑かも)

 あれこれ考える間にもプログラムはどんどん進み、フィナーレに入った。

<今年の夏にもね、流星群がいくつか観られることになっています。ご覧いただいた二〇〇一年のしし座流星群並みを期待するのはちょっと高望みになりますが、条件が整えばですね、一時間に二桁は固いんじゃないかなと予測されています>

 かなりのレベルダウンだ。二〇〇一年のしし座流星群は、観測場所にもよるけれども、十分間で二桁の流れ星が観られなんてざらにあったという。

(それくらいの数なら、自由研究の宿題にするには物足りないかも。書くことがなくてぺらぺらのレポートを出すのってできれば避けたい……。二つの流星群を比べる形にすれば、何とか形になるかしら?)

 程なくして全プログラムが終了し、ドーム内は薄明るくなった。いくつかある緑の非常口灯のドアなら、どこからでも外に出られるとの案内がされる。天瀬達は座席から一番近い出口ではなく、入って来た方を目指した。というのも、自由研究についての特別展示のコーナーがあるのは、そちらに向かうのが近道だから。プラネタリウムのあと、見に行くことに決めていた。

「帰りのバスの時刻を考えると、一時間と十分ぐらいは見る余裕がありそうだよ」

 長谷井が普段はしていない腕時計を見ながら言った。プラネタリウムの感想はあとでゆっくりといったところか。

(それだけ時間があるんだったら、先にお手洗いを済ませておく方がいいかな)

 そんな考えが頭をよぎったものの、自分からは言い出しにくく、黙り込む。すると察したのかどうか、「トイレ行っときたいんだけど、いい?」と長谷井の方から切り出した。

「う、うん。それなら自分も」

 小さめの声でそう応じた天瀬。長谷井はと言うと、急いで駆け出すようなことはなく、人の流れに合わせて変わらないペースで歩いていた。

「急がなくて大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。外に出てから走る」

 長谷井の返答にどことなく気遣いを感じて、天瀬はくすりと微笑んだ。

 と、そのとき、前を行くが振り返った。


 つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る