第150話 区切るとこが違うよっ

 そうだった。修学旅行中、体操着や体操帽をそのまま着用することをこの小学校では禁じていない。いや、禁じていない方が圧倒的に多いのだろう。私が以前に聞いたのも、お金持ちの子が集まる私立の学校が、防犯上の理由で禁じているという話くらいだ。

 今度の場合、六谷が学校の帽子を被っていた。正確には被ってはおらず、首にあごひもを引っ掛けて、帽子本体は首の後ろに位置していたため、私もつい失念していたのだ。校章の形を記憶していれば、あとで調べることは容易いだろう。思い返すと、天瀬の名字を会話の中で何度も口にしている。その気になれば、杉野倉の方から天瀬に連絡を取ることは可能だ。個人情報の秘匿の徹底がこんなに難しいとは。

「じゃあ、名刺の件はそういうことで。まあ、あとで勝手に連絡を取ろうとするのなら、わざわざ手の内を明かすようなことは言わないでしょうし、信用します」

 釘を刺す意味を込めて、あえてはっきりと言葉にした。その意図を汲み取れたであろう杉野倉は、黙ってお辞儀をしてきた。

「じゃあ、出るぞ。急いで合流しないと、スケジュールがきつきつだ」

「はーい」

 名刺をゲットしたのを見て安心したのか、天瀬の声が弾んだように聞こえる。六谷の方は、残っていた飲み物をすすって席を離れた。


「あ、先生。ついでなんだけど」

 タクシーで平等院に向かう道すがら、天瀬が言った。助手席にいる私は首をねじって振り返るが、視線の方向には六谷がいるばかり。天瀬は真後ろの席にいるため、表情はよく見えない。

「何だ」

「もう買っちゃったからね」

「儲かっちゃった? 何が儲かったって?」

 さっきのスカウト話と関係があるのかと、慌ててしまった。声が大きくなったためだろう、運転手が気にするそぶりを見せた。

「やだ、先生。聞き間違えよ。『もう、買っちゃった』だから」

「ああ……」

 期せずして、まさかのダブルミーニングとは。これが国語の授業中であったなら、面白く広げられそうなネタになるが、今はそうも行かない。

「何を買ったって?」

「お守りの代わりになる物よ」

「おや。予定を変更して買うとは、よっぽどいい物があったのか」

「ええ。これ」

 彼女が手に持って見せてくれたのは、大きめのボタン型電池みたいな代物だった。パッケージもボタン型電池のそれにそっくりで、色が金色であることを除けば見間違えるレベルじゃないか。

「……これがお守り代わり?」

「えっ、もしかして、先生知らないの?」

 びっくりしたように言う天瀬は、六谷と顔を見合わせたようだ。六谷も一拍遅れという感じだが、「ああ、信じられない」と呟く。

「“パワーメタルコイン”よ。幸運を招くっていう噂の」

「パワーストーンのメダル版で、御利益があるって今すっごい人気があって、品薄状態なんだってテレビで言ってた」

「そ、そうなのか」

 曖昧にうなずきつつ、変だなと思う。子供の間でのみ流行して大人が知らないということはままあるが、私はこの二〇〇四年において、小学六年生だったんだ。つまり、天瀬や六谷と同い年だぞ。絶対に知っていなければおかしい。だが、まるで記憶にない。まさか、東京や大阪・京都といった大都市でのみ流行した物が存在していたのか? いや関東で手に入りづらい物が、ここ京都に来て入手できたってことは、もっとローカルな流行りなのかもしれない。

「品薄なのに、よく手に入れられたな」

 とりあえず、当たり障りのなさそうなところから探りを入れてみる。

「それがね、運がよかったの」

 嬉々として語り出す天瀬。その表情を間近で見てみたいが、あいにくとシートベルトのおかげでよく見えない。

「土産物屋さんの一つで、キーホルダーとかアクセサリーを見ていたの。フックがたくさんあって、その一つ一つに別々の品物が引っ掛けてあるやつ。分かる?」

「分かるよ」

「その内のスケート靴タイプのを見ていて、何気なく、掛かっている後ろの方のに触れたら、感触が他のとちょっと違ってて。引っ張り出してみたら、パワーメタルコインだったのよ」

「誰かが手に取って、戻すときに間違えたのかなあ」

 六谷もこの土産物屋の話は初耳らしく、そんな推測を述べる。

「それで店員さんも気付かないでいて。たまたま私が見付けたと。すっごくラッキーと思いません?」

「ははぁ。ラッキーだと思うけど、そのパワーメタルコインを見付けるのに幸運を使ったんなら、コインにはもう御利益が失われてるんじゃないか」

「そんなことないですって。絶対に大丈夫」

 そこまで太鼓判を押されると、こっちも感謝しておくべきなんだろうなと思えてきた。コインを目より少し高い位置に掲げ、ためつすがめつしてみる。陽の光に当てるとにぶい金色を反射し、その輝き方には品があるように感じられた。最初は、こんなコインが何で品薄になるんだ、簡単に大量生産できるだろうにと不思議だったが、意外と丁寧な仕事がしてあるようだ。幾何学的な模様が刻まれているが、それとて単なる刻印ではなく、手で繊細に彫ったかのようにラインの縁は柔らかで丸みがある。

 ただ、これが小学生の間で大人気だと聞くと、腑に落ちない。


 つづく

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