第458話 ラッキーナンバーとは違うのか

 不意に、思わせぶりな調子で言って、ハイネは口元を拭う仕種をした。肉食獣が獲物を見付けてついよだれが出てしまった、そんな様子に似ている。

「一体何の話をしている?」

「なぁに、私にしても確証はないさね。ただ、想像が的を射ているとしたら、人間よ。ラッキーナンバーといって頼みにしていると、痛い目に遭うかもしれんぞ」

 解説を求めたのに、思わせぶりに拍車が掛かっている。気になるが、これ以上求めても、話してくれるだろうか。

「キシよ、おまえは6がラッキーナンバーであることを明言して、私の選択に縛りを掛けたつもりになっていたんじゃあないかね?」

「――」

 見抜かれていた。策を読まれるのはショックだが、相手の思考法の一端を知ることができたと、前向きに捉えよう。それに、私にも一つ、疑問が生まれた。

「ふふ、確かにそのつもりでいた。あんたには不発、効果なしってか。でも、不思議だね。縛りを掛けられたふりをすれば、勝負を有利に運べたろうに、どうして正直に言ってくれたんだろう?」

「いやいや、そもそもの前提が誤っているんだねえ。このあとも私は、6に注意を払うつもりだ。何故ならば、仮に私の想像が真実の的を射貫いておっても、どこでどう転ぶか見通せないとあっては、有効に利用したくとも困難を伴う。手を焼くペットのようなものだ」

 たとえばなしの意味がまた分からない。ペットと言い表すからには、神様側の何かと、ラッキーナンバー6は関係しているって理解でいいのだろうか。……神様の世界には、人間界のラッキーナンバーを決める装置があって、一日一回、決めているとでも? まさか!

 愚にも付かない想像を振り払い、考え直す。これ以上の詮索は集中力の乱れにつながりかねない。とはいえ、ラッキーナンバー6を当てにするのは、控えめにした方が無難かとは思う。

 ああ、何てことだ。気付いてみれば、私の方も縛りを掛けられた状態に陥っているじゃないか。ミイラ取りがミイラになる、では困る。

 ハイネの言い種を素直に受け取れば、恐らくしばらくの間は、6は私達人間サイドにとってのラッキーナンバーであり続けるような印象だった。見通しが立たないとは、それがいつ終了するのかは分からないってことか? うーん、何とも頼りない推測だが、当たっているとするなら、まだまだ6頼みの勝負に出てもいいはず。その上で、いつ裏切られるのか分からないとなると、手痛い一敗を喫する覚悟も同時にしておかねばなるまい。

 では、どの時点がラッキーナンバーを当てにする潮時か。

 これには、神様との対決で何度となく念頭に置いていた考え方を当てはめればいいだろう。つまり、負けるなら早めに負けておけ、だ。一つ負けるにしても、序盤から中盤に掛けてなら、あとで取り戻すチャンスが巡ってくると期待を持てる。だったら6頼みの勝負を仕掛けるのも、せいぜい中盤までで切り上げる。そう決めた。


             *           *


『わがそで』

 クーデ君がその三文字目を発声するや、神内と天瀬美穂両名はほとんど同時に動く。お目当ての札があったのは、天瀬の自陣の左一番外側。“払い”で競技線の外へとうまく押し出して、取ることができた。

「やるわね」

 真顔の神内から褒め言葉をもらって、天瀬は小さくかぶりを振った。

「たまたまです」

 謙遜ではなく、実感だった。天瀬の腕前だと、折角“払”っても、肝心の取るべき札が外に押し出せないことはしょっちゅうある。

(何はともあれ、これでまた追いつけた)

 軽く安堵する。記憶力勝負は一進一退の攻防が続いていた。

(カルタの腕前はほぼ互角……)

 これまでの成り行きを振り返りながら、天瀬はそんな判定を下していた。

(どんぐりの背比べ、と言うほど低レベルな争いではないけれども、龍虎相打つ、では大げさすぎて恥ずかしくなる。適切なたとえが思い浮かばないけれども、いい勝負になっているのは事実。私も神内さんも、自陣にある札はだいたい取れている。スピードは神内さんの方がすこーし、上かなぁ。その分、私は記憶力で補っている感じ)

 この分析は当たっている自信がある。そして当たっていることは必ずしも嬉しくない。

(進むに従って、相手が有利になりそう……。場の札が減れば、覚えておく数も減るから、記憶力の差はたいして意味がなくなる。より素早い方が札を取りやすくなる)

『あさぼら』

 クーデ君の読み上げる声に反応。本来なら、これは六文字目まで読まれないと判断できない“六字決まり”だけれども、すでに『あさぼらけありあけの~』の札は読まれている。ということは、『あさぼ』までで充分。

 その札、『あさぼらけうじのかわぎり~』は、天瀬の自陣にあった。ただし、先ほどと違って、神内から見ても比較的近い位置だ。周囲に札がなく、“払い”が試せない。天瀬は必死に右手を伸ばした。

「――同時、ですね」

 相手も右手で札に触れているのを見て、天瀬は言った。

 神内は首を傾げ、「一応、判定を聞いてみましょう」とクーデ君の方に顔を向ける。

「判定を。どちらが早かった? 同時だった?」


 つづく

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