第460話 愚者とは違うはず

「神内さん」

 今にもクーデ君が読み上げ始めるのではないかという頃合いに、天瀬は挙手した。反対の手で袂を押さえて、行儀よく。

「何?」

「並べ替えをしませんか」

「この局面で?」

 レンズの奥で目を見開き、口もオーの字に丸くして、分かり易く驚く神内。そして次に呆れた風に苦笑いを浮かべた。

「好きなように位置を変えられたんじゃあ、私の方が不利になるだけって気がするんだけど? 私の方にある二枚は、元々あなたからは遠い位置だし、それに対してあなたの陣にある一枚は、今は両陣営の境界近くだけど、並べ替えを認めたら、あなたは自分の右手の前に持って来るつもりでしょ?」

「そこで提案です」

 右の人差し指を立てて一を表す天瀬。

「私の陣にある一枚は、神内さんのお好きなところに置いてもらってかまいません。ただ、私の陣地の中に置くというルールを守ってくだされば」

「……は?」

 信じられない物を見る眼を向けられ、天瀬は思わず笑いながら顔をそらした。


             *           *


「……は?」

 若干の苛立ち混じりに神内は言った。相手からの提案がこちらに有利すぎる。だから当然、続きの条件を出されると思って待っていたのに、何も語られなかったという意外さ故のことだった。

「それだけ?」

 念のため、確かめる。天瀬美穂は黙って首を縦に振った。

「私の自陣にある二枚は、私が好きなように配置してもいいのかしら」

 天瀬は先ほどと同じ仕種を繰り返した。神内はサングラスの奥の目を細め、しかめ面になりながら考える。

(何の狙いがあってこんなばかな提案を……? どう考えたって不利になるだけじゃないの)

 そう思う反面、激しい矛盾を感じていた。

 目の前の対戦相手がそんな愚か者でないことは重々承知している。力があることは、すでに実証済みだ。ハイネとの一戦で見せた彼女のアイディアは、ハイネの油断・慢心もあっただろうけれども、見事に決まった。

「どういう作戦が裏に隠されているのかしら」

 とりあえず、直球の質問をぶつけてみた。素直に正解を教えてくれるはずないのは当然分かっているが、表情や仕種などの反応が、何かのヒントになるかもしれない。

「まさか、そんな裏なんてありませんよ……なんて言っても信じてもらえるわけないですよね」

「ええ」

「実は、お願いがあります。私が若干有利な局面を、逆に少し不利にすることと引き換えに、その願いを聞き入れて欲しい」

「……今のままじゃ、何とも返事できない。そのお願いとやらを聞かせてもらわなくちゃね」

「もちろん、話します。簡単なことですよ。次に持ち札が読まれたら、その札をどちらが取ろうと、一旦この勝負を中断して、私が特殊能力を使うタイミングを、きしさんと相談する時間を作って欲しいんです」

「持ち札が読まれたらって、次の一枚であなたが勝つかもしれないのに、そのあと相談?」

「勝負はそこで終わらず、記憶力や運のことが残っていますから」

「……ちょっと考えさせて」

 断ってから沈思黙考に入った神内。

(一応、筋は通っている。一度きりの能力をどこで行使するかは、迷いどころだろうから、パートナーに相談したくなる心理は分かるし、あり得るものだと思う。でも、それと引き換えに勝利のチャンスを薄める提案をするのはどうなのかしら?)

 何か、隠された意図があるように思えてならない。

(自分の陣地の札を好きなように並べられたら、圧倒的に不利。少なくとも次の札は私が取る確率が高くなる。そうなった場合、次の段階は、私と相手それぞの陣地に一枚ずつ札がある状態、いわゆる運命戦の状態になる。取った方が勝ち、自陣にある札を読まれた側が極めて有利な、まさしく運の要素の強い戦い。そうまでして、パートナーからの助言を欲しているの?)

 いささか理解に苦しむ。不利な状況のときに、一発逆転を期して提案してくるのなら、まだ分からなくもない。札を並べ替えられても不利なのはさして変わらぬまま、流れを引き寄せられるかもしれないと期待できるのだから。

 神内は、天瀬のこれまでの戦いぶりを思い返してみた。

(これと決め付けるほど戦っていないけれども、競技カルタの部分に関して言えば堅実なタイプかしら。ぐいぐい積極的に敵陣の札を取ってやろうというよりは、自身の陣地にある札を確実に押さえることに重きを置いたように思える)

 そこまで分析する内に、神内は天瀬の戦い方に少し気になる点があったことを思い出した。

(サングラスが合わないのか、時折、外していた。その仕種は、私か彼女のどちらかが払いをやったあとに、特に多かった気がする。数えていた訳ではないから確証はない。気のせいかしら? それともたまたまそうなっただけ? 確かに、払いは動作が大きくてサングラスがずれることが増えるかもしれないけれども……彼女自身がやったときのみならず、私が払いをしたときもだったような……)

 偶然で片付けようと思えばできる、些細なこと。でも何とはなしに気になった。だからといって、このことが天瀬からの不可思議な提案といかに結び付くのかは、まるで想像が付かない。

「神内さん、迷っているみたいですね。こんな話知っています?」


 つづく

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