第213話 委員長とは違うのなら

 自分の将来の嫁が誰かから告白された――。

 以前の私なら「な~に~っ!?」と声高に言って、冷静さをなくしていたかもしれない。

 だが今やこの時代に来て二ヶ月弱。小学生の天瀬美穂という存在にだいぶ慣れたし、メンタル面も鍛えられた。だから声を上げることは我慢できる。内心では「な~に~っ!?」となっている部分もないではないが、どこかに別の自分がいて抑えている感覚。

 とはいえ、告白してきたのがどこのどいつ、もとい、どこの誰なのかは非常に気になるわけで。でも、ここで直に聞き返していいものなんだろうか。

「それはひどいな」

 口をついて出た台詞は、持って回った言い種になった。

「ひどいって?」

「誰だか知らないが、こんな日に朝っぱらから告白するなんて」

「こんな日って?」

 同じトーンで聞き返してくる天瀬。上目遣いをされ、やっぱりかわいいなと思ってしまう。

「小テストがいっぱいある日に、朝早くから君に告白すればどうなるかぐらい相手の子も分かりそうなもんだ」

「そんなあ」

 相手をかばう様子が表情や口調に垣間見えた。どうなんだろう、この反応。やはり相手は長谷井か?

「私に小テストで悪い点を取らせるために、わざと告白したって先生は言うの?」

「いや、そこまでは言ってない。相手が天瀬さんの気持ちをよく考えているのなら、小テストが終わったあと、学校が終わったあとに告白するものだろうって、そう言いたいだけだよ」

「うーん、だったらどうなのかな……」

 口元に右手人差し指をあてがい、考え込む様子の天瀬。いちいちかわいく映るので、気持ちの置き場に困る。

 それにしてもちょっと考えてみると、さすがに長谷井がそんな真似をするとは想像しづらかった。委員長を務めるくらいだからかなり頭の回転が速く、他人の気持ちや立場を推し量る能力も小学生にしては高い方だと思う。そんな子が、好きな女子を相手に朝一番に告白という行為に出るとはまずあり得ない。

「他の誰かに相談したのかな? 委員長とか」

「ば――ばか言わないで。男子に相談できるはずないよっ」

「だよな」

 告白してきたのが長谷井じゃないことは今のやり取りで確かめられた、と思う。

 じゃあ誰だ。このタイミングで、早朝から告白という非常識をやらかすのは。

 ぽんと頭の中で浮かんだのは六谷の顔。あいつが天瀬を好きかどうかとは関係なしに、昨日、私の使命について知ったあいつがからかい半分に天瀬に形だけの告白をした、とか? ううーん、ないよなあ。そんな行為に及んでも単なるいたずらに過ぎず、六谷にとってメリットがない。私だけ使命を果たしたことになって、いなくなるのを恐れた、とかじゃないだろうし。分からん。

 考えている内に休み時間をほぼ使ってしまった。天瀬に長時間呼び止めたことを詫び、次の小テストは集中してくれよと告げて、職員室へと急いだ。


 昼休みになって、私宛の電話が学校に掛かってきた。

 堂園欽一の母親からで、夫の転勤が決まり、家族ぐるみで引っ越すことになる見込みだという。

「お世話になるのは一学期の終わりまでになると思います。手続きが諸々あって、先生にも成績だの内申だのなどでお手数を掛けるとは思いますが、よろしくお願いいたします」

「それはもう、担任の務めですから手数だなんてとんでもない。それでこのことを欽一君は知っているのでしょうか」

「知っております。正式な辞令が出るのが本日の正午というだけで、前々からほぼ確定でしたから。あ、先生にももう少し早めにお伝えするべきでしたか」

「いえいえ、そんなことはありません。それじゃあ、クラスの子達に言うかどうかは、彼に任せるということでよろしいですか」

「はい。念のため、注意して見守っていただけると助かります。その、大丈夫だとは思うのですが、情緒不安定とかにならないかどうか」

「分かりました」

 通話を終えて、必要な事項をメモ書きしたあと、ふっと思い当たった。

 もしかすると、天瀬に今朝告白したのは堂園じゃないか?と。

 あいつも天瀬に気があるのはまず間違いないし、ルックスには自信を持っている節が散見される。転校前に告白して、少しでも長く付き合いたいと考えたとしたっておかしくはない。

 そういや、天瀬がどう返事したのかまでは聞かなかったな。テストに集中できないくらい悩んでいるようだから、保留しているのかもしれない。でもこの時代の天瀬は長谷井が好きなんだなと見ていたが、委員長一人にぞっこんというわけでもないらしい。


 つづく

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