第474話 思っていたのと違う手で
「そ――その点は承知しています」
天瀬はややぎこちない動作で頷いた。多少は揺さぶりが効いたかなと思いつつ、神内はクーデ君を再始動させた。電気仕掛けめいたからくり動作で、ぎこちなく動き始め、程なくしてスムーズなものへと変化する。
「分かっているのなら結構。では――」
神内が言ってから数秒後、クーデ君から読み上げの音声が発せられた。
『あしびきの~』
いきなり来た!
神内、天瀬、両者が動く。タイミングは互角だ。距離で言えば若干、天瀬からの方が近い。が、ここまで札を取ってきた手は、ともに右手。右手で札をより取りやすいのは神内の方だと言える。
(同時なら私の負けっ。ここは何としてでも!)
極々短い間に細かく考えていたわけはなく、とにかく神内は全力を尽くしたということ。
その彼女の右手が問題の札に触れる直前、天瀬の手が先んじた。
ただし。
「えっ――と? 天瀬さん、それ、左手……」
想定していなかった事態に、神内は少々唖然としてしまった。戸惑いも露わに、事実を指摘するほかない。
「……やっちゃいました」
天瀬のその台詞を、思わずお手つきをしてしまった、という意味に神内は解釈した。しかし、続けて天瀬が手のひらを見せながら言ったのを目の当たりにし、真の意味を理解する。
「やっちゃいました、また。うまく発動してくれたみたいです」
「あなた、まさか」
顔を近付け、何度か瞬きして確認する。
間違いない。天瀬の左腕の手首から先は、右手になっていた。
「特殊能力、ここで使ってきたのね?」
「はい。他の人の身体の一部を変えるのもちょっと気持ちの悪いものでしたが、自分自身でもやっぱり気持ち悪いですね。親指を動かす感覚が、凄く変です」
「じゃなくて! さっき言ってたわよね? この勝負のあと、岸先生と特殊能力の使いどころについて相談したいって。使えるのは一回きりなの、分かってる?」
「もちろん、分かっています。だから謝りますね。さっきのはブラフでした。だましてすみません」
天瀬は静かに言って、深々とお辞儀してきた。それから面だけを少し起こし、神内の様子を窺う。恐る恐るを体現したかのような上目遣いを向けてきて、ゆっくりと問い掛ける。
「それで、このやり方、認めてもらえます?」
「認めるも何も……その判断、私に下駄を預けて大丈夫と思ってるわけ? この、対戦相手である私に」
神内が呆れを通り越して、いささかの訝しさを抱きつつも聞き返す。天瀬はお辞儀の姿勢から状態を戻し、相対すると、「どこかおかしいでしょうか」とさらなる質問返し。
「おかしいでしょ。勝敗の行方を左右する判断を、敵に委ねるだなんて」
「かもしれません。でも……ここに至るまで、何かと話し合いで決めてきたじゃありませんか。今、判断を尋ねたのも、お任せするのではなく、相談だと思えば同じことですよ、多分」
「いやいやいや」
立てた右手のひらを自身の顔の前で左右に振る神内。
「ルールや条件を定める分には、競い合う者達の合意が不可欠だと思っているわよ。仮に一方が勝手に決めたものであっても、対戦相手が納得して受け入れれば、それは充分にフェアと言える。だけどね、現在の局面は、勝敗を決するまさに分岐点。私の考え一つで、どちらにでも転ぶなんて、許したらおかしいでしょ」
私は何をむきになって、相手のためを思い、熱弁を振るっているのだろう……一歩離れて客観的に考えるとおかしくなる神内だった。それは恐らく、納得したいがため。いみじくも先ほど自身が発したばかりの“納得”がないと、勝つにせよ負けるにせよ居心地がよくない。
「それを言い出すんだったら、神内さんにはすでに前例があるじゃないですか」
天瀬が指摘するも、神内にはぴんと来なかった。
「前例?」
「第二戦で、きしさんと対戦したときのことですよ。きしさんの手を足に変えたのを、あなたは容認してくれました」
「あ、あれはまあ、対決の最終的な決着じゃなかったし、あなたの機智が面白く感じたものだから」
「だったら、今も同じなのでは」
天瀬美穂の口から飛び出す論理展開――別名:屁理屈、かもしれない――に、神内は考えさせられた。いつの間にやら、判断を委ねるかどうかを飛び越えて、正攻法だとして認めるようにという促しに変わってきている。
「言われてみれば、前例があるのだから、私が判断するのはおかしくはないわね。その上で……左手を右手に変えるのは、二番煎じだからだめ、と言ったらどうする?」
このまま押し切られるのも癪なので、少し意地悪をしてみる。
「二番煎じ、ですか?」
「岸先生の手を足に変化させたのと同工異曲だってことよ。一度目は機智を評価したのだから、二度目に同じネタは御法度でしょってこと」
「そういう意味でしたら、類似しているのは認めます。だけど当然じゃありませんか。一回、問題ないものとして認められているのだから、また使おうとなるのは。むしろ、このやり方がだめなら、ルールで封じなかった神様側の責に帰することだと思えます」
つづく
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