第488話 語尾の違いが気になって

「ん、まあ、それで当たりと言っていいかな。あ、今、『それなら調整して二〇一一年(もしくは二〇一九年)までの出来事を確定させてくれればいい』、なんてことを考えたのでは?」

 したり顔で指摘してきたゼアトス。どこまで真面目に発言しているのか、読み取れないな、この神様。

「人の心が読めるのなら、答える必要はないでしょう」

 こちらからすれば当然の返事を、相手は苦笑顔で受け止めた。

「常に読もうとしているわけではないのでね。たまには勘を磨いておきたくもなるし。話を戻そうか。調整を取ると言っても、人間には自然に見える形で行うのが原理原則でね。奇蹟や神の御業なんて、おいそれとやれやしない。そういう意味では、こうして君達人間の前に姿を現すのは、特例中の特例なのだよ。通常は、不自然にならぬよう、微調整を積み重ねて事をなす。だがしかし、現実問題、一人の人間のためにそんなに労力は割けない」

 神様はある種、非現実的な存在の極地と言えよう。そんな神様が「現実問題」なんて単語を使うのは、そこはかとなくおかしかった。

 ここでゼアトスは神内の方を見た。

「神内君にしても最小限の手間で元に戻るようにと、キシ君を二〇〇四年に送ったんだろう。なかなかいい線を行っていたと評価していたが、君達とちょっと親しくなりすぎたようだね。君達を気長に待たせるのを一旦棚上げにして、彼女の生来のギャンブル好きと相まって、こんな事態になった。まあ、まったくだめだとは言わない。面白いものが見られたからね。ただし、繰り返しになるけれども、六谷某を戻すのだけは拒むとしよう。ましてやそのあとの微調整を延々と続けるのなんて、誰もやりたがりはしない」

 ここまで人間ごときのことに付き合ってきてくれたのに、肝心なところでドライだな。言い分は分かるが、それならば疑問は最初に戻る。

 どうして私を心理的に追い込もうとしたのか、だ。第一の理由は親切心とか言っていたが、お為ごかしにしか聞こえない。裏があるはず。まだ聞いていない第二の理由とやらで、語ってくれるのだろうか。

 探りを入れてみるとする。

「どうあってもそこは曲げられないと?」

「絶対に不可能とは言わないさ。極論すると、神にできないことはないのだからね。やろうと思えばできる。要は感情の問題に帰する。人間側次第と言えなくないね」

 これは……探りに対して前向きな反応があったとみてよかろう。このままの線で押してみる。

「何をどうすればいいのか、具体的に示してはもらえないのだろうか。そうしてくれれば対処のしようがあるかもしれない」

「かまわないよ。その方がきっと話が早いからね。まず現状で想定しているのは、六谷某は戻さず、このまま留め置き、これを試練とする。未来に影響を及ぼさぬよう、慎重な上にも慎重を重ねて振る舞うことが求められるわけだ。キシ君はこの措置に代わるものを知りたいと」

「そう、六谷が私と同じタイミングで、速やかに戻れるような」

「ふむ。ある条件を満たせば、考えてあげよう」

 「考えてあげる」だけでは不安だ。確約が欲しい。そんな感情が表に出たか、それともゼアトスが私の頭の中を読み取ったのか、「具体的なプランを言うとしよう」と付け加えてきた。

「君達が条件を満たした場合、僕が責任を持って次の対処をする。九文寺薫子が二〇一一年の災害で亡くならず、今も、つまり二〇一九年の時点でも無事に暮らしていることについて、何らかの転機があった。元の歴史にはなかった転機が生じたのは、キシ君か六谷某が二〇〇四年に置かれて以降の行動が影響を及ぼした結果に違いない。その行動が何であるかを精査して確定し、不要なものを取り除き、必要なものだけを残す。そしてよりシンプルに、九文寺薫子が生き残る歴史への流れを作り直す。かような手順を踏むことで、キシ君らも二度目の二〇〇四年には必要最小限の関わりだけで済むはず故、元に戻す弊害も圧倒的に減じられる見込みだ」

「“はず”とか“見込み”といった表現が増えてきたのが気になる……」

「そこは仕方がないと思ってもらわねばならない。まだ原因を掴んでいないのだから、確定的なことは言えない。記憶の穴埋めによる不都合は、現状で元の時代に帰す場合に比べれば、劇的に少なくなる。六谷某を帰してもいい程度には」

「そういうことなら」

 了解せざるを得まい。とはいえ、まだ十全の理解はできていない。

「歴史の流れを作り直すという言い方をしていたけれども、それってもしや、私や六谷に三度目の二〇〇四年を過ごす必要があるってことになる?」

「いや、そうはならない。原因が分かれば、そこへ向かうよう関連する人をちょっと動かすだけで済む。ああ、今言えるのは、済むはず、だね」

「仮にそうなった場合、私や六谷が体験した二度目の二〇〇四年の記憶は……」

「ほとんどなかったことになるだろう。さっき、記憶の穴埋めによる不都合は劇的に減じられると言及した通りだ。場合によっては、君か六谷某のどちらか一人は、二度目の二〇〇四年に置かれたこと自体、なかったものとなる可能性もある」


 つづく

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