第64話 違うことを考えようっと
頭を振って、小学生の天瀬美穂を追い払おうとする。が、まったくうまく行かない。消えては現れ、消えては現れてする。逆に画像は濃く、強くなっているようだ。その内、子供の天瀬の声まで聞こえ始めた。
「先生」「せ~んせっ」「先生ぃ~」「岸先生!」と、黄色い声が脳内でこだまする。完全に、教え子に対する感情が私の中で醸成されていた。恋人や婚約者に対する感情とはまったくの別物だった。
小さな彼女と出会って、たったの一週間だというのに何という……。他の子達にはまだここまで気持ちはできあがっていない。
――無理だ。かもしれないじゃなく、絶対に無理。
他の誰かにチェンジ、なんて気分にもなれず、盛り上がっていた興奮もいつの間にか薄れていた。とりあえず、寝床を離れた。流し台に向かい、コップで水を飲む。
首を回したり、屈伸したりと軽く運動した。
小学六年の天瀬美穂の目が私をずっと見ている気がしてならない。
とりあえず……聖人君子になったつもりで、禁欲の誓いを立ててみる。この場合の欲はもちろん性欲のみ。
情けない限りだが、そうでもしないと、天瀬の顔を見る度に大人になった彼女を連想して、さらにそこから先まで考えてしまうかもしれない。直に結び付いている訳じゃないのだからいいじゃないか、という考え方もあるだろうが、単純には割り切れない。
加えてもう一つ、元の時代に戻れたあと、逆に大人の天瀬を見る度に子供の彼女を思い出して、何にもできないなんてことになっては困るのだ。今の段階から、抑制というかコントロールできるように、対策を試みておこうと思う。この方法で合っているのかどうか自信はないが。
気を紛らわせるためにも、ちょっと別のことを考えてみる。今現在、私に与えられている限定的な特殊能力についてだ。
全幅の信頼を置いてきた岸先生データであるが、ふと疑問が浮かんだ。
万が一にも彼、岸先生が完全に亡くなっているとして、彼が死の間際に得た情報はデータとして追加されているのだろうか。
それこそ、この自宅の部屋で襲撃された結果、亡くなったとすれば、自らを襲った犯人についてどこまでデータに反映されるのだろうか。捕まった男、渡辺のデータが真っ黒けだったのは、反映された結果なのかそれともアパートでの一件とは別口なのか。
全く反映されないのだとしたら、これまで私が自信を持って判定してきた指針が揺らぐことになる。そればかりか、岸先生を殺めておきながら平気な顔をして接して来ている輩がいるかもしれない?
でもまあ、この点において私は楽観的でいる。常識で考えれば、殺した相手が平気な顔で目の前に現れたら、犯人は某かの驚きの感情を表に出すものだろう。今のところ、そういう人物には巡り会っていない。言い換えるなら、少なくとも日常的に接する機会のある人物の中に、岸先生殺害犯はいないと見ていいのではないか。希望的観測込みだが、ほんと、そうあってほしい。あ、そもそも岸先生には生きていてほしいのは言を待たない。彼が生きていてくれてないと、私が戻れないんじゃないかっていう嫌な予感が拭えないのももちろんある。
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます