第247話 同じ目と違う目

 机の傾きを利してサイコロの目を変える方は、右隅を押す限りでは、向きはせいぜい九十度、つまり最初の出目と隣り合ういずれかにしか変えようがない。二投目、神内が出したのは3。うまくサイコロを傾ければ6の目があり得る。

 そしてテストの際に分かったのは、サイコロは机の右隅を押したときに転がりきることは多分なく、指を机から離した反動で逆方向に転がる可能性があること。ここに賭けてみた。Aを的中させ、すでに1ポイント確保できていることが私を大胆にさせたと言えるかもしれない。

 この博打の結果はいかに?

 ぴ。ぴ。ぴ。ぴーん!の音が脳裏で鳴り響き、私はしかめ面になった。目を凝らすと、机の上のサイコロは6になっていた。

「あらら。二投目にして被りが出るなんて。この回の私はここで終りね」

 意外とサバサバした物腰で言って、神内は私の方をじろりと見た。

「で、そのガッツポーズから判断すると、思っていた通りの展開になったと?」

「あ、ああ」

 指摘されて気付いたけれども、私は本当にガッツポーズをしていた。気恥ずかしさをごまかし、「予想を書いた紙を見てくれ」とそれがある机を指差した。

「いいの? 神様なら紙に触れたその一瞬で、文字を書き換えることができるかもしれないわよ」

「――」

 脅かすようなことを言う。私は口元を腕で拭った。

「いや、上級の神様はどうだか知らないが、あなたはそんな真似はしない」

 決め付けてやった。実際信じているし、こう言われて否定できる性格じゃないだろう、神内サン。

「さあ、めくってくれ。それとも私がやっていいのかな。巧妙にすり替えるかもしれないぞ」

「いえ、あなたにはそんなテクニックはないでしょ」

 こっちが深く考えずに言った冗談を、真面目に切り返すな。恥ずかしい。

「いいわ。無駄にじゃれ合っていては物事が進まない」

 神内が予想の紙を裏返す。いや、字の書かれている面を上にするんだから表向きにする、か。


 A:6 B:2 C:6


 書かれている内容を神内と二人で確かめ、私の3ポイント獲得が認められた。

「私の方は二投しか続かなかったので0ポイントのまま。いきなり差を付けられてしまったか」

 紙をぺらぺらと振って放り出す神内。

「それにしても強運だったわね。一投目の出目が当たらないと、そのあとに続かないんだから」

「人間の運命を司っているのは神様だと思っていたが、そうでもないみたいだ」

 言いながらサイコロを手に取る。神内を信じてはいるが、万が一があってはならない。サイコロに何らかの細工――たとえば重心を著しく偏らせる重しとか――が付加されていないか、触りながら見ていく。

 何もないようだった。

「かじりたければかじってもいいわよ」

 神内の言い種には、思わず笑ってしまった。

「その手の映画やドラマを観るのか、それとも実際に見たことがあるのかな。何にせよ、放る前にサイコロをかじって万が一にも割れてしまったら、博打を続けられなくなると思うよ」

「とにかく急ぎましょ。早く振って」

 いつの間にやら神内は予想を書き終えていた。先ほど、私が使ったのと同じ机に折り畳んだ紙を置く。

「場所を交代しなくてもいいのかな」

「場所って? ああ、机のどちら側に立つかってことね。別にそこまでのこだわりはないわ。それにね、神の目を甘く見ない方がいいわよ」

「……」

「人と神の肉体で共通する部分はたくさんあるけれども、たとえば目。私の目がどんなに優れていようが、それは能力の範疇であり、イカサマにはならないわよね」

「はん。そんなことを言い出すなんて、先制されて焦ったとか?」

 嫌な予感が渦巻いたが、表向きはあくまで強気で行く。サイコロを握り、手の中で何度か転がしてから、机に放った。

 出たのは4。

 神内の様子を窺うと、彼女はサイコロの放られた軌道を追い、転がる様をじっと見つめていただけで、特に何かした風には見えない。

 続けて二投目。私には出目をコントロールする技術は全くないが、4を出にくいようにするくらいの努力は惜しまない。すなわち、4を下にして指先で持ち、横方向の回転のみを与えるようにして投げる。投げる位置はなるべく低くした。

 出た目は2。我がテクニックが確かなものなら4の裏面に当たる3が出るはずだったが、やはり計算通りとは行かぬようだ。

 神内に動く気配はまだない。机のぐらつきを利して三投目までに失敗させれば、私へのポイントは0だから、ぎりぎりまで待つということか。神ならではの目の力によって、何を見抜こうとしているのかも気懸かりである。

 三投目、私は4と2の目が下になるようにサイコロを斜めに持ち、コマを回すつもりで放った。神内が手を出すとしたら、シューター側に成功ポイントの入り始めるこの回辺りからだろう。

 サイコロが止まり、5が出た。

 神内はサイコロが完全に停止したのを見届けてから、素早く机の角を人差し指で押さえた。押さえた地点は、私が押したのとほぼ同じところ。机がごとっと音を立て、すぐに元に戻る。

 出目は5から4に変わっていた。被ってしまった。私の今回のシューターはここで打ち切りである。


 つづく

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