第74話 本気なのか違うのか

 学校の多少手前で降りますと言ったのだけれども、吉見先生にぴしゃりと返された。

「そんなことしてるところを見られたら、かえっておかしくなります」

 ということで、学校内の駐車スペースまで送ってもらった。うまい具合に、他に利用者は見当たらない。

「助かりました。ありがとうございます」

「どういたしまして。必要なときは遠慮なしに頼ってくださいよ。こちらだって、できることしかできないんだから」

 気安い口調から、相手が重荷に感じないようにとの気遣いが伝わってくる。

「帰りも声を掛けてください。保健室にいると思います」

 ああ、そうだ、帰りもだった。感謝しかない。

 そこからは別々に校舎に入った。私の方は、入ってすぐ、柏木先生と顔を合わせたのだけれども、その瞬間に思い出した。岸先生が好きな異性のトップが柏木先生であることを。

 今さっきの吉見先生の車で送られてきたところを、彼女に見られていたんだろうか。またもや岸先生にすまない行動を取ってしまったかもしれない。

「おはようございます」

 普段通りの挨拶をすると、柏木先生は返礼もそこそこに「一昨日は大変でしたでしょ?」と気の毒げに言ってくれた。

「お見舞いに行くつもりだったのが、長引くものと思っていたら、もう退院して、もう来られるだなんて」

「血は出ましたけど、思ったほど深くはなかったようです」

 本当は医師にそんな診断は言われていない。結構深かったものの、傷口が比較的きれいだったことと筋を逸れていたことで運がよかったという。

「お若いんですね」

「はあ、多分、運がよかっただけだと」

「世の中にはラスプーチンみたいな人間もいますものね」

「え?」

「ご存知ありません? ロシアの」

 いや、もちろん知っている。ロシアの怪僧と呼ばれた怪人物の名が、彼女の口から唐突に飛び出したものだから、面食らっただけのこと。

「あれでしょう? 毒を盛られても絶命せず、慌てた暗殺者達がぼこぼこに殴りつけた上、重しを付けて湖に放り込んだとかいう」

「よく知ってるんじゃないですか」

「運のよさのたとえにふさわしいかどうか、異を唱えたくなるなあ。毒で死ななかっただけで、結果的にもっとひどい死に方をしてるような」

「言われてみると、そうでした。そもそも怪我を負ったばかりの人に対して、不吉ですよね。失礼なこと言ってしまって、ごめんなさい」

「いや、別に気にしちゃいません」

「ところで、吉見先生と何かあったのでしょうか?」

 いきなり来た。文脈もへったくれもあったもんじゃないな。私は左手を後頭部にやりながら、「見えてたんですか」と応じた。

「心配してくださって、車で送りますと言てくれたのでお言葉に甘えて。怪我と、あと月曜に自分が少々変なことを口走ったものだから、保健の先生として配慮してくれた。ただそれだけのことです」

「口走ったっていうのは?」

 興味深げに聞いてくる。食いつくとこか?と奇異に感じたものの、隠すことでもないのでこれもありのままに答える。

「今度の金曜、クラブ活動があると思い込んで、それに沿った話をしたんです」

「ああ、そういう」

 急速に興味をなくすのが、手に取るように分かる。でも今はその方がありがたいかな。


 つづく

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