第138話 またもや見込み違い

 私は、それもそうだなと内心では認めつつも、口では違うことに言及する。

「言い換えると、部屋では無理だから、廊下でおしゃべりをしていたと」

「もう、やだなあ。別に悪いことの相談をしてたんじゃありませんから」

「そうよ、岸先生。変な風に見ないでください」

 天瀬が長谷井の応援に回る。まあ、それは当然だよな。仕方がないし、分かっていたことだ。私が今やっていることは、表面上は担任が受け持つ児童に注意を与えているだけだが、一枚皮をめくれば子供じみた嫌がらせに過ぎない。その空気を、天瀬達も感じ取っているかもしれない。

「すまん。言い過ぎた。さっきのゲームでも同じチームで、必要以上に仲よくしていたように見えたから、つい、な」

「あれは勝つための作戦を立てていて、だからひそひそ声になるのは当然だよー」

「分かった、悪かった。で、今は何の相談をしていたんだろうな。大方、明日の自由行動で、一緒になるチャンスがないか、スケジュールのチェックといったところか?」

「……」

 おや、図星だったのか、二人は横目になって互いに見合わせた。

「別にとがめやしない。ただ、班を離れて二人だけで行動するとかは絶対にやめてくれよ。一緒に動くんだったら、班同士、全員揃ってだ」

「分かってますって、先生。クラスの委員長と副委員長の二人が抜け出したら、洒落になりません」

 長谷井は爽やかと言い表してもいいような表情で、軽く笑い声を立てた。

 続いて、天瀬が目つきを、きっ、とさせて、

「岸先生、信用してよね。あんまりあれこれ言うんだったら、お守り買ってあげないわよ」

 と来た。

「はは。それは困るな。よし、信用する」

 旦那としての地を出すと、どうも分が悪くなる場合が増えている気がする。気持ちをセーブしろっていう天の思し召しと受け取っておく。教師としての仕事に没頭すればいいのだから簡単簡単……のはずだよな。

「そういえば、天瀬さん」

 部屋に戻ろうとする天瀬を呼び止めると、帰りかけていた長谷井も足を止めてこちらを振り返るのが分かった。気にしない気にしない。

 どちらかと言えば気になったのは、天瀬のうんざりしたような表情にだ。「まだあるのー?」と、だるそうに肩を下げている。長谷井の視線があるところで、素の自分を見せているようだが、恥ずかしくはないのかな。あるいは、長谷井だったら別に見られても平気ってことなのかもしれない。

「雪島さんとはその後、どう? 今日はお風呂とか一緒だったと聞いたが」

「どうって、普通に話してるよ。あっ、あの靴下脱がしのこと?」

「ああ。あのときは色々と行き違いがあって、その後どうなったのかなーと気になっていたんだ」

「やだ、岸先生ってば。古いことをいつまでも」

 今度はおなかを抱えて笑う天瀬。

 って、古いことか? きょうびの(私からすれば十五年前だけどな)小学生って、こんなものか。

「気にしてないよ。私も雪島さんも。さっき言ったお風呂で、背中の流しっこしたくらいだし」

「ふむ。そういうもんか」

 背中を流すというのは、雪島の方から言ってきたんだろうか。ちょっと気に掛かったものの、そこまで根掘り葉掘り聞くと、天瀬から変な目で見られそうな予感が激しくしたのでやめた。

「仲よくやってるんならいい。時間を取って悪かった。早く寝て、明日に備えるように、みんなにも言っといて」

「はーい」

 ドアが閉まるのを見届けてから、向きを換え、階段のある方を目指そうとしたら、まだ長谷井が立っていた。

「何をしてるんだ」

「どうせこのあと男子の階に行くでしょ、先生。お供します」

「クラス委員長だからって、こっち側に立たなくていいぞ」

 長谷井の意図が読めない。わざわざ待っていたのには、何らかの理由があるはずだが。小学生だから特に意味のない行動なのかもしれないが、逆に小学生だからこそ突拍子もないことを思い付いている可能性だってある。

 私はこの時代で初めて教師として教室に入ったときのことを思い出した。あの黒板消しのいたずらは、誰の主導だったんだろう。案外、長谷井なのか? もしそうだとしたら、このあととんでもなく盛大な?いたずらが待ち構えているのかもしれない。見回りに来る担任を引っ掛けようというのは、大胆だがありがちでもある。怒られるのを覚悟なら、どんなことをしでかすのやら……と、少々怖くなってきた。警戒のあまり、長谷井を先に行かせ、私は数歩あとを着いていく。

 仮にこの勝手な想像が当たっているとして、児童の思い出作りにそこまで付き合う必要はない。そう思い直し、長谷井にずばり聞いてみようと決めた。

「まさかとは思うが、扉に挟んだ黒板消しみたいないたずらを準備して、待っているんじゃないよな」

「へ?」

 階段に差し掛かっており、振り返った長谷井がこちらをびっくりしたような目つきで見上げてくる。

「いたずらで歓迎されるのは勘弁だぞ」

「はは。そんなこと考えてませんて。先生、どれだけ熱血青春したいんですか」

 熱血青春って、何なんだその評価は。


 つづく

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