第408話 何かの病気とは違うのか?
「だ、だめではないけど、どうして急に心変わりしたのかなって……」
恐る恐る、天瀬が尋ねる。
「ふん、まだ決めちゃいないから心変わりしたんじゃないよ。それに、理由を問われて質問に答えなきゃならんことはないはずだけれどね?」
ハイネは天瀬、私の順に視線を振ってきた。絡みつくような、その上、無数のトゲをまとった視線。やっと慣れつつあったのが、またぞくっとさせられる。が、死神のにらみはじきに緩んだ。
「ま、作戦と呼べるほど、たいそうなものじゃあないからよしとしましょか。そちらの最終問題がなぞなぞ・とんち系ではなくても逆転可能な状況にしてやったら、人間はありがたがるのか、それとも迷うのかが気に掛かった」
「今ひとつ、理解しにくいんだが。話してくれるのなら、きちんと分かり易く説明してもらえるとありがたいな、ハイネさん?」
天瀬に代わって聞いてみた。ハイネは察しが悪いなとばかりに、鼻を鳴らした。
「なーに、最悪の場合を思い描いただけでね。人間サイドは最後の出題はなぞなぞ・とんち系でなければ逆転できないと決め込み、その手の問題で最良なものを、集中力を高めて創ろうとしてるだろう? でも知識系や論理系でも逆転可能な状況にしてやることによって、問題創出の集中力を削げるのだとすれば、試す値打ちがあるやもしれん」
「……それはまた迂遠な理屈に聞こえる。次のそっちの出題に、私達――天瀬さんが正解するのを前提にしているのも、解せないんだが」
「様々な状況を想定するのは、別に悪いことではあるまい? そちらの美穂さんがどのようなタイプの問題を苦手にしているのか、今までの二問では掴めなかったのでねぇ。ならば、三問目にどのタイプを出そうが一緒じゃないか。そして仮に正解されたときに、我々にとって最もよいのはいかなる状況かを考えてみた。で、今の人間たちの反応を見るに、動揺を誘えた分、なぞなぞ・とんち系を出すとしようか」
ハイネの言葉に私は内心、ガッツポーズを取った。
知識系を出されるよりは、よほど勝算が生まれる。動揺したのは予想と違った成り行きにびっくりしたからであって、変更が不都合だからではない。
ここで変更してくれた方がありがたい――という感情を面に出さないようにしていたつもりだったのだが、死神は私達に対する監察をずっと続けていたようだ。顎をさするような仕種のあと、ふむ、と思慮深い考察に結論が出たみたいな吐息を漏らした。
「やはり、元のまま、知識系の問題を出した方がこちらにとって有利なようだねぇ?」
「ころころと言うことを変えて、ここに来て心を読もうとするのはやめてもらいたいな」
飲まれぬよう、私はすかさず言った。
「そのつもりはないんだがね。必要がない。今のあんた達人間の心理なら、手に取るように分かる。ほら、美穂さんの方に顕著だよ」
天瀬はと言うと、多少呼吸が乱れているのが見て取れる。少し前にハイネがにらみを利かせてきた直後辺りから、ちょっと様子がおかしい。手痛い一敗を喫したのに加えて恐怖心がぶり返したのか、顔色がよくない。私は彼女を斜め後ろから見ているので、はっきりとは言い切れないが、青ざめているようにすら感じられた。
「天瀬さん、大丈夫? 大丈夫じゃないな。つらかったら休んでいいから」
心配して声を掛けると、天瀬から返事がありそうだったのに、ハイネが邪魔をする。
「休むといってもほんの短い間しか許しやしないよ。もうじきに出題するから」
「待ってくれ。急病かもしれない」
話すのも辛そうな天瀬に代わり、私は前に進み出た。会話で時間稼ぎするとともに、彼女の様子を横目で見やる。額に小さな粒の汗をいくつも浮かせて、辛そうだった。はぁはぁと呼吸が依然として乱れ気味なのも気になって仕方がない。
「夢の中で急病というのもおかしな言い種ですねえ」
「だから、現実に彼女が具合を悪くしているかもしれないじゃないか」
実はハイネに指摘されるまで、夢の中であることを意識せずに発言していた。それだけ、急に具合を悪くした天瀬を心配したってことなんだろうけど、現実に急病だとしたら事態は変わらない。
「確認だけでもしてくれないか。あんた達神様なら分かるんだろう? 今、現実の彼女がどういう状態なのか」
「無論、分かるわ」
神内が答えた。左手の平をハイネに向けて制しているのは、ここからは自分が話すという意思表示だ、きっと。
「じゃ、じゃあどうなんだ、神内さん?」
「そうね――言うまでもなく、彼女は横になって眠っているわ。微かにうなされているけれども、病気や体調不良ではなさそう」
「そ、そうか……ありがとう」
礼を述べ、間髪入れず「でも」と付け加える。
「今、我々の勝負している空間では、彼女が変調を来している、これが現実じゃないか?」
「だから?」
「少しだけ、看病させてほしい」
私は天瀬のすぐそばまで近寄り、様子を窺いながら神内達に言った。
「たとえ病でも、勝負を先送りするわけにはいかない」
神内はハイネの方を気にする素振りを垣間見せつつも、断固とした口調でそう答えた。
つづく
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