第190話 夏に寒いのは間違っている

「ものまねをもしやるんだったら、一人一人がばらばらにっていうのはやめておいて、みんなで一つのことをやる方がいいと思う」

 天瀬からの提案。なるほど。それなら統一感があるから大きな一枚の写真でも伝わりそうだし、費用も多分、抑えられる。ただ、もしこれにするとしたら、今度はどんな仮装をやるかでもう一度ホームルームを開かねばならなくなるのが手間だな。ただでさえ短い準備期間がさらに削られる。

 その点を指摘すると、彼女は「うーん」と言った切り、黙り込んだ。代わって長谷井が、

「難点はあっても投票で多いのはこっちだったし、どうしたら実現できるかっていう話をしたいです」

 と、ごもっともな意見を披露した。ここは民主主義に則って、最多得票の案を優先的に検討する。その上で、どうしてもできないとなったらあきらめてもらうとしよう。

「みんなでまとまってやらないのなら、基本的に自由なんでしょ?」

 天瀬が再び口を開いた。

「だったら水着を着てくる子だって出てくるかもしれないわよ。有名な水泳選手だって言い張ればものまねになるんだから」

 そういうレベルでいいのか? だとすると、本当にさむ~いギャグみたいにならないか。あんまりな出来映えだと、担任教師の評価にも響くのかな、こういうのって。もしそうだとしたら、私はいいんだけど岸先生に悪い。

「となるとやっぱ、全員で一つのことをやるとしなきゃいけないか。困ったな」

 長谷井が難しい顔をして眉間にしわを作る。

「どうした? 全員がまとまって一つのものまねでは駄目なのか」

「え、いや、男子全体のリクエストを聞いてると、お笑い芸人のギャグやものまねをしたい連中が多いんですよ」

 またお笑いか。「間違いない」と「ギター侍」ばかりになりそうな予感がする。あとは、お笑いじゃないけれども「ヨン様」はポーズだけなら真似しやすいかもしれない。「マツケンサンバ」はまだ流行る前か。サンバって言うくらいなので七月八月に人気に火が着いた印象があるから、世間に浸透するのはもうすぐなのかもしれない。何にせよ、万が一にもみんながやりたいと言い出したら、全力で止めるぞ。自分にとって若気の至りの記憶があるだけに。

「念のために君達の意識を確認しておきたいんだが」

「え、意識はあるよ?」

 天瀬が何度も瞬きをして、不思議そうに見返してくる。天瀬、それは気絶したときに失う方の“意識”だ。勘違いさせてしまったのは私の言い方が悪かったのかな。それとも、小学生には意識調査というような意味では習わないんだっけか。

「そうではなくってだな……言い換えると、考え方を聞いておきたいという意味だ」

「なぁんだ、それならそうと最初から言ってよ、先生」

 天瀬と長谷井の声がほぼ揃った。仲いいなー、ちくしょう。

「流行りのものを取り入れるってことは、いずれ古くなるってことだというのは分かるよな?」

 「はい」と返事する天瀬に、黙ってうなずく長谷井。よかった、今度は揃わなかったぞ。

「そういう流行りの格好をして写真に収まるのは、あとで見たら古くさいとかばかみたいに見える場合もある。それでも流行のものにするかどうかを考えてほしい」

「まあ、確かにそうだよね」

 長谷井は推進派の割に物分かりがいい。突き詰めれば流行に敏感だからこそ、あとで振り返って古くさく見えるのを嫌うとも言えるかもしれない。

 ただ、これは強制ではないことは明確にしておこう(「マツケンサンバ」は別だ。巻き添えを食って、私もあの格好をさせられる恐れが高い)。

「長谷井君、そんなに慌てて結論を出さなくてもいい。別の考え方もあるんだ。君達が大きくなったとき卒業アルバムを見返して、写真から当時を感じ取るっていうのも大切だと思う。あのときはこんなギャグが流行ってたっけ、と懐かしむのももちろんありだよ」

「それじゃあどうしよう」

 長谷井が天瀬に顔を向ける。委員長は意見を求めたの傍目からでも明白だったが、副委員長からの返事はなし。天瀬はさっきから考え込む時間が増えているようだ。

「これはまたみんなの多数決を採らなきゃいけないんじゃないかな」

 あきらめたように視線を戻し、長谷井が言う。この調子では時間が掛かって仕方がない。

「ねえ、岸先生。私考えてたんですけど」

 おっ、来たか。

「何かな」

「ここに二つの案があります。そしてこれから先、写真を自由に撮るチャンスは二回あります。だったら、二つの案は両方とも実現させてしまえばいじゃないのかなって」

 これは目からうろこが落ちるっていうやつだ。私はこの学校の卒業写真のルールをまだ把握し切れていないせいもあって、そこまで思い付かなかった。秋は秋らしくしなければという考えが頭にあった。

「それは多分、全く問題ないと思う」

「じゃあ、それで行こうよ。ねっ」

 天瀬が長谷井の手に手を重ね、揺さぶる。うう。何か見ていてしんどい。

「そうだね。先生、そうしようよ。えっと、じゃあプールで撮るのは夏で決まりだから、当然、ものまねは秋の方に」

 勝手に進めてくれ~。


 つづく

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