第447話 細工は隆々……のつもりが違ってた?

 ハイネの様子を窺うと、フードの端、庇に当たる部分をちょいとつまみ上げ、顔を少々覗かせた。何か確かめたいものでもあるかのように、死神が顔を半分ほど露わにする。

「――ほう? 意外な選択をしたねえ。面白い。条件を飲もうではないか」

 心の底から意外に感じているのか、単なるポーズなのか。自らフードをずらすくらいだから、本当に驚いているんだと思いたい。

「予定より一分ほど遅れたが、なに、向こう(神内vs天瀬)も早々に決着することはあるまい。そろりと始めようではないか」

 独特の言い回しで宣言すると、ハイネはまたフードを目深に被った。死神の長細い指がパチンと鳴らされ、トランプカード一組と、サイコロ二個がテーブル上に現れる。トランプの方はマジシャンがよく使うバイシクル、サイコロは赤地に白に目を描いた半透明の物。米国ドラマのカジノのシーンでよく見るやつだ。

「カードにもサイコロにも余計な仕掛けはない。調べてよいぞ」

「もちろん、調べる。とりあえず、ごく当たり前のサイズで安心した」

 ルール説明に、サイコロやカードのサイズに関する言及がなかったことを皮肉ったつもりだ。だけどハイネもなかなかのやり手。口も達者だった。

「見ただけで安心するのは、ちと早くはないかね? ひょっとすると触れた途端、それが一毫いちごうも動かせぬほどの超重量級の物体であると理解するかもしれんて」

 まさかと思いつつ、引きつった笑みを浮かべてしまう。重たくて振れないサイコロ、持っていられないカードでは、まともに勝負できまい。私は固まった笑顔のまま、まずはサイコロにちょんと触れた。その拍子に、ころりと九十度転がる。よかった、重さも普通のサイコロのようだ。続いてトランプも持ってみた。こちらも同じくごく当たり前の重量感しかない。ほっとする気持ちを隠さず、そのままトランプの中身を調べる。使い込んだ形跡はなく、癖も付いていないようだが、カードの並びはすでにばらばら。ジョーカーは二枚、一番上に配してあった。

「余分なジョーカー一枚は取り除けるぞ」

「ああ。破いといてくれ」

 言う通りにした。紙製だと分かる。四つに割いて、重ねてテーブルの隅に押しやる。

 そのあともしばらくチェックを続行。少なくとも現時点ではイカサマのための細工はないと、自分で納得行くまで調べ尽くした。

「よし。道具立てはフェアなようだ」

「ここで時間を掛けられたらどうしてくれようかと考えていたのだが、案外早かったねえ。結構なことだ」

 ハイネが言った。勘繰れば、「イカサマの仕掛けを施しているというのにおまえは気付かなかったな」ってな意味に受け取れなくはない。しかし、私自身が気の済むまで調べて見付からず、納得したのだからもういい。尾を引かないよう、道具についてイカサマが施されている線は頭の片隅に追いやる。

「では順番を決める。サイコロやジャンケン、その他希望の方法があれば聞いてやってもいいが、どうかねぇ?」

「……ではお言葉に甘えて、トランプの山から一枚を抜き取って、その数字の大小で競うのはどうだ。大きかった方が、好きな順番を選べる」

 もう少しカードに触っておきたいとの気持ちが沸いた。それに……私だって死神とやるからには、聖人でいようとは思わない。さっきイカサマの仕掛けがないか調べるときに、軽い細工をしたのだ。スペードのエース及びキング、そしてジョーカーの三枚の隅に、それぞれが区別できるよう、極々小さな反りを付けておいた。だからといって、カードを配るときにそれらを抜き出して、自分の手札に入れられるようなテクニックは持っていない。ハイネの手札に入ったときの目印のつもりだった。だが、順番決めをカードの数字の大小でやるのであれば、反りを活かせるかもしれない。

「大小と言うからには、エースは1で、最少と見なすのかえ? ポーカーではエースを最強の数とするのが一般的ルールであるが」

「どちらでもいい」

 話に乗ってくるか? 嬉々とした表情にならぬよう、しかめっ面に努める。

「なれば、エースは1扱い、ジョーカーはゼロ扱いでいいな?」

「ああ。そこまで決めてくれるということは、私が言った決定方法に賛成すると?」

「賛成するとも。ただ、先に私が引くこと、三枚引いてその中で一番大きな数を採用すること、この二つの条件を承諾するのであれば、だ」

「三枚か」

 こいつ……カードに反りを付けたことを、見通していやがる? 死神ってのは視力がいいんだっけか(人間の残りの寿命が目に見えて分かるらしいし)。

 しかし、私が反りを付けるカードが何なのかは分からないはずだが。無論、エースや絵札、ジョーカーが重要なカードになるのは容易に想像が付くが、それなら私がエース三枚に反りを付けた可能性を、ハイネは考慮しないんだろうか。わずかな反りのあるカード三枚がすべてエースなら、数の大小比べでは確実に負けると分かるはず。

 まあいい。ここは気付かぬふりをして、承諾することを選ぶ。ハイネが本当に反りを見付けているのか、早い内にはっきりさせておくべきだと思うからだ。


 つづく

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