第486話 言い方が違う!
さて。
感激の再会を果たしておいて何で抱きしめないんだこの根性なし!!なんて風に非難され、物を投げられないよう、理由を具体的に挙げておく。
その一、今の自分の肉体を形成しているのは自分自身ではなく、岸先生だから。まあ、夢の中だけど身体の実感があるのは間違いない。肉体を借りることで世話になっているとは言え、よその男の身体で天瀬を本気で抱きしめるのにはどうしても抵抗があった。その二、この場では他人の目ならぬ神の目がある。見られていると分かっていると、無理な質なのだ、私は。その三。やっぱり、教師なんだし、自重しないと。
――などと頭の中でめまぐるしく考えていた私の身体――胸板と胴回り境目辺りを、穏やかにぎゅっと包む力が感じられた。天瀬の方から抱きついてきていた。
「会いたかった。心配したんだから。心配して疲れて倒れそうなくらい」
俯いて、顔をこちらの胸に埋める姿勢で天瀬が言う。くぐもった声は涙ぐんでいるからのよう。
「……悪かった。もうすぐ戻れると思うから待っていてほしい」
「もっと強い言葉で言って」
「うん? どういうこと?}
彼女の求めるところがすぐには分からなくて、聞き返した。すると天瀬が顔を起こし、目が合った。彼女の右手が私の左胸に当てられる。
「魂が脳にあるのか心臓にあるのか、それとも全身の細胞に宿るのか知らない。とにかく、あなたの魂に言うわ、もっと自信を持って!と」
天瀬の台詞を聞く内に、思い出した。何年前になるか、それまでも親しい異性の友達といった感覚で付き合っていたのが、私の方から正式にお付き合いを申し込んだときのこと。確か私は、「これからはできれば、将来のことを見据えて、付き合ってほしい」と言った。天瀬の返事はOKだったのだけれども、そのすぐあとで不満そうに付け加えたものだった。「『俺が幸せにするから結婚を前提に付き合ってくれ!』ぐらい言ってもいいのに」とか何とか。いやその言い方だと女は家庭に入るべしみたいになるだろ、と一応反論すると、即座に「言われる相手によるんです」と一刀両断にされた。
あのときのことを今、当てはめていいんだな? まさか私と天瀬の付き合いの歴史もちょっぴり変化して、あのやり取りがなかったことになってはいまい。
「――もうすぐ帰るから、待っててくれ」
「分かった。待ってる」
満足そうに目を細めて天瀬は笑った。そしてすぐに表情を戻すと、「今みたいに自信を持って。六谷君のことに責任を感じる必要なんてない。すべての責任は
「そうだな」
枝葉末節の細々とした理屈よりも、全体を見れば確かに言う通りだ。教師と教え子というシチュエーションに、過度に感情移入していたのかもしれない。
「……終わったかな?」
ゼアトスの声がした。振り返ると、呆れたような小馬鹿にしたような、それでいて笑いを堪えているかのような微苦笑面が見て取れた。
「終わりました」
天瀬の返事に、ゼアトスが応じる。
「あなたの話を聞くつもりでいたのに、話が始まらないどころか、人間二人の愛の確認めいたことが始まったので、何を見せられているのかと途中、不安になりましたよ。それで、終わったと言うからには、今の二人のやり取りこそが、私に対して言いたいことであったと、そう解釈して間違いないかな?」
「ええ。行間を読んでもらえるかどうか心配だから、噛み砕いて言い直すと、四の五の言わずに私の婚約者を無条件で帰して!ってことよ。分かったのなら、お願いします」
よく言ってくれたと、思わず心の中で拍手を送った。ただ、強気なのか
「やれやれ」
ゼアトスはオーバーな仕種で肩を上下させると、神内さんとハイネの方を一瞥して言った。
「折角、彼を追い込んだのに、これでは元の木阿弥というやつか。何となくだが、君達が苦戦し、敗北した原因が見えてきた気がする。だからといって、君達に科せられた罰は、彼からの要求だし、解除はしないがね」
一旦言葉を句切って、改めて私達の方を向くゼアトス。私は先手を打って尋ねた。
「ゼアトスさん、どうして私なんかに拘る? さっきの“彼を追い込んだのに”という言い種からして、何か目的があってわざと六谷のことを持ち出したように聞こえた。不思議でならない」
「たいした意味はない。第一の目的は、本当に親切心で言ってるんだ」
これに天瀬が反応した。
「親切親切とお題目のように唱えるのでしたら、分かり易く、私みたいに噛み砕いて言ってもらえませんか?」
「よろしい。まず、先に断っておくと、あなたの願いを聞き入れるのは容易い。完全に無条件とは行かないが、ほんの数日待ってもらうだけで大事な婚約者を元の時代に戻せる。六谷某を戻すことももちろん可能だ」
「だったら――」
「しかし、我らからすれば、実質的に何の試練もクリアしていない六谷某を、このまま戻すというのには応じかねる。これは理解できるでしょうね?」
つづく
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