第380話 法律違反を気にする死神

 相手にこの思考を読まれてもかまわないと、むしろ読んでくれと罵り気味に念じながら考えたんだが、ハイネは無反応。いつの間にか、わずかにあった笑みも引っ込めている。

 これって私の思考を読んだ上での無反応なのか? こちらに知る術はないので、とにかく話を続けるほかない。

「……その理屈で言うと、私は年齢は今のまま、十五年後の天瀬の夢に現れるから十五年経たない、時効が成立しないから今まで邪魔してこなかった訳か。六谷はどうなるんだろう?」

「身体は二〇〇四年の小学生で、頭は二〇一一年の高校生ですからねえ。勝負の場では少なくとも八年の経過が見込めるため、やはり時効は成り立つものと判定したのですよ。それにですねぇ、魂を扱う自分みたいな者にとって、愛する人間の命が直に懸かっている六谷の存在は怖い」

 おや。意外な発言だ。尤も、本音を語っているかどうかは甚だ怪しい。ストレートに「どこが怖いんです?」と聞いてみた。

「何をしでかすか分からないという意味で、怖い。速やかに排除しておこうとするのは、当然の理なのですよ」

 そういうものか。六谷から見れば九文寺薫子は大事な大事な人に違いない。翻って私や天瀬にとっては、極論すれば九文寺は赤の他人。まあ、この二〇〇四年の世界で少し知り合いになったが、深い付き合いを持った訳じゃないからな。勝負そのもののについても、参加者の身に危険は及ばないという確言を得ている。安全圏にいるようなものだ。こいつら(私や天瀬)相手なら少々脅せば他人の生き死になんて放り出して逃げる、と死神が考えてもおかしくはないわな。

「理屈は分かりました。反論したい箇所は多々あるが、言わずに飲み込んでおく。それでハイネさん、明日にでも勝負したいらしいと聞いたんだが」

「ですねえ。早ければ早いほどいい。先ほど述べましたように、怖い六谷直己が復活する前に」

「どうせ基本的には受けざるを得ないんだろうけれども、腑に落ちない点がまだあるので聞いておきたい。今晩、天瀬が私の――岸先生のアパートに泊まることになったのは、そちらの仕掛けのようだが、彼女の意志あるいは彼女の人生を神様達はコントロールできるのかな? 今までに聞いた話と、ちょっと違うんじゃないかという気がするんだが」

 神内の方も見ながら言った。もしそこまで人間の行動をコントロールできるのなら、私を天瀬救出のために二〇一九年から呼ぶ必要なんてなかったはず。

「あー、多少の誤解、行き違いがあるみたいですねえ。――神内さん、先生に説明してくれます?」

 ハイネに言われた神内は黙って頷き、私の横にまで歩いて来た。死神の方は疲れたのか退屈なのか、椅子にすうっと腰掛けた。物音一つ立てないその動作に軽く驚く。と、神内の話が始まった。

「私達が操作したのは、天瀬美穂さんの運命そのものではなくってよ。天候が悪くなるように仕向け、大雨と雷をこの地域に一体に集中的にもたらせた」

「……地震等を起こすのは難しい、みたいなことを前に言ってなかったか?」

「地震と天候はまた違うの。雨の量の調節は一番簡単な部類に入るし、雷にしたって、鳴らして光らせること自体は単純な現象なんだから」

「でも、いくら天瀬が雷を苦手にしていても、それだけで担任の部屋に泊まっていくとは限らない」

「天気とは別に、そちらのハイネさんが天瀬美穂さんに悪夢を見せる度に、彼女に吹き込んでいたの。『怖いとき、身体が震えるときは岸未知夫先生を頼るように。絶対に助けてもらえる』みたいな具合に」

 睡眠学習かよ!

 私はハイネを改めて見た。運命をコントロールするのが大変だからって、こんな細々としたことをやるなんて。まめな面も持ってるんだなと妙に感心する。

「それにしても天瀬美穂さんが泊まることになったのが、私達の仕業だとよく気付いたと思う」

 いささか唐突な感じで、神内が言い出した。私がきょとんとしている間に、ハイネが神内に不満そうに咎める。

「あれれ。神内さん、それ、言ってしまうのですか」

「かまわないでしょう? 気付かなかった場合、はめる気満々だったってだけで、彼が気付いた場合は裏を教えるかどうか、決めていなかったはず」

「……ふん。勝負前に人間の肩を持つのは、まあ許しましょう。折角種を明かすのだから、せいぜいこの人間を怖がらせるように説明してやってくださいな」

 かなりの早口でしゃべった死神は、つまらないと言わんばかりにフードを被ってしまった。ふてくされているのならその顔を見てみたい気もするが、今はそんなことよりも裏だの種だのの説明に意識集中する。

「済んだことだから怒らないで聞いてほしいのだけれど、天瀬美穂さんが部屋に泊まっていくことになったのを、あのままあなたが当たり前に受け入れていたら、大変な事態に陥っていたの」

「もったいをつけずに早く言ってくれないか。こっちは眠くなってきた」

 本当は全然眠くなんかない。ペースを敵に握られている感覚が嫌だっただけだ。

「翌朝、岸先生は違和感で目が覚める。ふと横を見ると、自分の寝床の中に天瀬美穂さんがいる」


 つづく

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