80話-6、料理のアピール合戦

 ぬえ雹華ひょうかかえで釜巳かまみの企みにより、ぬらりひょんが拘束され。鵺が残りの温泉街初期メンバーにその旨を伝え、茨木童子の酒天しゅてんの耳に入った頃。

 着々と進められていた花見の準備は、ぬらりひょんを中心として終わりを迎え。その近くで、至れり尽くせりな小規模の店を構えた酒天が、酒が並々と入ったコップを桃色の雲海へかざした。


「みなさーん! お酒は行き渡りましたかー!?」


 花見の士気高まる掛け声に、それぞれのグループもコップをかざし、酒が行き渡った事をアピールする。

 辺りに聞き耳を立て、不満の声が聞こえてこない事を認めると、酒天はニッと満面の笑みを浮かべた。


「どうやら大丈夫みたいっスね! それでは皆さん、大変長らくお待たせしました! これより花見を始めたいと思います! いいっスか? 最初の乾杯が大事っスからね? いきますよー? せーのっ、かんぱーいっ!!」


 拡声器も無しに響く乾杯の音頭を、千差万別な大音量の乾杯がかき消し。一斉に静かになったかと思えば、ゴクッゴクッと喉を鳴らす音が、静寂を払っていく。


「っぷはあ! かあーっ! やっぱ冷えたビールは最高だなあ、おい!」


 いの一番に大ジョッキのビールを飲み干した鵺が、至福に酔いしれた表情で吠え、手の甲で口をぬぐう。


「リアクションが完全にオヤジじゃないか」


「ワシよりジジくさいな」


 鵺の近くで、和酒をチビチビと嗜むクロが呆れ気味に言い。キセルをふかしているぬらりひょんが、わざと聞こえる声で追い討ちをかける。

 そのかたわらで、ジンジャエールで喉を潤した花梨が割り箸を持ち、シートの上に並んでいる重箱群を見渡し始めた。


「さってとー、何から食べようかな〜」


 目移りする重箱の数は、おおよそ三十以上。冷めた事を想定して味付けされた唐揚げ。桃色の雲海に映える、鮮やかな黄色をしただし巻き玉子。

 ケチャップと塩の備え付けが嬉しい、厚切りのフライドポテト。弁当には欠かせない品の一つである、月光を反射させているミートボール。

 梅、おかか、シャケ、シーチキン、昆布、味噌の他に、焦げ目が視覚的に美味しい、おにぎりや焼きおにぎりの数々。

 塩っけがある卵や、ハムとレタス、チーズとトマトといった、ふわふわのパンに挟まったサンドウィッチ。


 他にも焼き鳥、いなり寿司、餃子、春巻きや焼売。単品料理でホイコーロー、チンジャオロース、天ぷら、トンカツ、ウィンナー。

 コロッケ、ハンバーグ、エビフライ、ピーマンの肉詰め、肉じゃが、大判のステーキなどなど。屋外や特別な場で食べると、また格別な美味しさがありそうな品々を前に、花梨が持っている割り箸を悩ませていった。


「……本当にどれから食べようかな?」


「あんだよ秋風。悩んでねえで、食いてえもんから食えばいいじゃねえか」


 大ジョッキからピッチャーに持ち替えた鵺が、酔った様子をまったく見せず、春巻きをつまむ。


「なるほど。それじゃあ、唐揚げから〜」


 鵺の至極真っ当な意見に、とりあえず全部食べようと心に決めた花梨は、茶色の艶が濃い唐揚げを箸で掴み、口の中に入れる。


 やはり移動中に冷めてしまったものの。衣に覆われている皮は健在で、噛んだ瞬間にパリッという気持ちの良い音を立たせた。

 そのまま程よい弾力がある鶏肉まで噛むと、中に閉じ込められていたサラリとした油が弾け飛び、口の中を一気に満たしていく。

 咀嚼そしゃくをしていくと、薄っすらと醤油の風味を感じ取るも、すぐさまガツンとしたニンニクの味が全てを塗り替えていった。


「んっふ〜! ニンニクがすごく利いてるから、ご飯が欲しくなってくるなぁ。んまいっ!」


「花梨さん花梨さん。その唐揚げ、あたしが作ったんですよ」


 高評価の唸りを上げている花梨に、ここぞとばかりにアピールしてきた女天狗の夜斬やぎりが、自分に向けて何度も指を差す。


「クロさんが作ったんじゃないなとは分かってたんですが、夜斬やぎりさんが作ったんですね。本当に美味しいです、この唐揚げ!」


 大好物な唐揚げともあってか。偽りのない本音で褒めちぎると、夜斬は鼻をふんすと鳴らし、グッとガッツポーズをした。


「花梨さん! 私も玉子焼きとかおにぎりを作ったので、是非食べてみて下さい!」


「おにぎり! なら、玉子焼きと一緒に〜」


 ちょうどご飯が欲しくなっていた花梨は、あえて具が入っていないおにぎりを手に取り、大口を開けて頬張った。

 まだニンニクの風味が残っている口内に、食欲のエンジンを限界まで底上げする、力強い塩味が駆け巡っていく最中。

 忘れるなと言わんばかりに、香ばしくも二つの味を邪魔する事無く調和していく海苔の風味が、鼻の中をそっと撫でていく。


 更に追い討ちをかけるように、花梨は素早く玉子焼きを割り箸で掴み、半分だけ齧る。

 メインの味付けは砂糖のようで、卵本来の濃厚な甘さが際立ち、口の中を新たに支配していた塩味を優しく抑え込んでいく。

 唐揚げ、おにぎり、玉子焼きの順番で食べた花梨は、これは一つの正解だと導き出し、全てを飲み込むと、表情をだらしなく緩ませていった。


「ああ〜……。このおにぎりと玉子焼き、私が大好きなやつだ〜。最高に美味しい〜」


「おいしいですか!? やった! 作った甲斐がありました!」


 これ以上にない感想に、八葉やつはは満面の笑みで嬉しがるも、対抗心を燃やした夜斬がすかさず「花梨さん!」と割って入る。


「このホイコーロー、あたしの自信作なんです。食べてみて下さい」


「あっ! じゃあ、私が作ったハンバーグもお願いします!」


 各々が担当して作った料理名を明かしては、重箱を片手に持ち、ニヤけている花梨に詰め寄っていく二人の女天狗。

 熱意の炎を瞳に宿した二人の催促に応えるべく、花梨が各料理を食べては、心に刺さる感想を述べ、二人を喜ばせていく。

 その騒がしいリレーを差し置き、食べたい物をマイペースに食べていたゴーニャ達が、オニオンリングを食べているクロに顔をやった。


「ねえクロっ。クロが作った物は、どれかしら?」


「んっ? 私は、揚げ物全般だな。そこら辺にある重箱が全部、私が作ったヤツさ」


 真紅の盃で冷酒を飲んだクロが、ゴーニャの注目を移す為に、差した指をグルリと回す。

 見た目や形は似ているものの。カキやシャケ。イカ、エビ、ワカサギ、白身魚といった海鮮物を中心とした揚げ物類が並んでいた。


「いっぱいあるっ! 目移りしちゃうわっ」


「オススメはエビフライだ。今朝、いい海老が入ったんだよ。プリプリしてて美味いぞ〜」


「エビフライなら知ってるわっ。えと、タルタルソースにつけてっと……。ん〜っ! すっごくサクサクしてるけど、中はプリプリしてる! おいひい〜っ」


「ゴーニャ、オーロラソースも美味しいよ」


 しっぽまで余すこと無く食べると、頬をリスのように膨らませているまといが、口に入っている物を一気に飲み込んだ。


「オーロラソース? なにそれ?」


「ケチャップとマヨネーズ、ソースを混ぜたやつ」


「あっ、ゴーニャさん! そのオーロラソース、私が作った特製の物です!」

「タルタルソースはあたしです」


 重箱を次々に変えては、嬉しい感想を述べてくる花梨の相手をしていた八葉が先に言い、夜斬も負けじとアピールを挟む。


「どっちのソースも美味しい」


「本当だわっ! オーロラソースっていうのも、エビフライとすごく合うっ!」


「おおっ、そうですか! やったね夜斬!」

「うーん、嬉しいっ!」


 料理を作る者にとってこの上ない賞賛に、八葉は無邪気な笑みになり、喜びを隠せないでいる夜斬とハイタッチをする。


「はっはっはっ、息ピッタリじゃないか。よかったな、二人共」


 ほんのりと頬を赤らめたクロが、オーロラソースをつけたエビフライを齧りつつ言う。


「はいっ! クロさんも、味見の方をお願いします!」

「あたしのもどうぞ」


 勢いに乗った二人の女天狗は、花梨からお墨付きを貰っている重箱を差し出し、クロとの距離を詰めていく。


「そういえば、盛り付けばかりで味を確かめてなかったな。どれどれ」

「どれ、ワシも一つ貰おうか」


 欠けた月が浮かんでいる冷酒を飲んだクロは、八葉が作った玉子焼きを箸で掴み。自前の酒が切れたぬらりひょんは、夜斬が作ったミートボールを口に入れた。


「……うん、うんっ。万人受けするような、ちょうどいい甘さだ。素材の味がちゃんと生きてる。また腕を上げたな、八葉」


「ほう、トマトをベースにしたミートボールか。見た目は重そうに見えるが、程よい酸味が利いていて美味い。サッパリしているから何個でもいけそうだ」


 クロ、ぬらりひょん共に素直な意見を述べ、もう一つずつ口に運んでは、味をしっかりと堪能するように咀嚼そしゃくしていく。

 二人の女天狗はというと、あまりにも冥利に尽きる感想に、両者呆けて顔を見合わせた後。遅れてやってきた喜びを全力で噛み締め、「やったー!」と言いながら抱きつき合った。


「……あれ? なあクロ、ここら辺に春雨が入った重箱なかったか?」


 喜々としている声が飛び交っている中。二杯目のピッチャーを飲み干した鵺が、据わり始めている目を泳がせる。


「あ〜。さっき花梨が、バキュームみたいに食ってたのは見たけど……。たぶん、完食したんじゃないか?」


「げっ、マジかー。少し取っとけばよかったな」


「春雨っスか? あたし持ってますよ!」


 落胆まではしなかったが、だんだん口の中がもの寂しくなってくると、背後から救い声が割って入ってきた。

 その、酔いが醒めそうな活気のある声がした方へ顔を向けると、そこには蕎麦屋の出前が如く、重箱を両手に積み重ねている酒天が立っていた。


「おー、流石は出張居酒屋。少し分けてくれ」


「はいっス! お酒も沢山ありますけど、何か飲みたい物はあるっスか?」


「おっ、いいねえ。んじゃ、ついでに熱燗も頼むわ」


「熱燗っスね。これから温めるので、少し待って下さいっス」


 完全武装の酒天は、鵺のリクエストに応える為に、持っていた重箱をそっと地面に降ろし、背負っていたリュックサックも地面に降ろす。

 そのまま携帯コンロと鍋を取り出すも、酔いが回った鵺のリクエストは止まる事を知らず、花梨が居るグループに長時間拘束される羽目になった。

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