54話-3、度重なるトラブル

 大勢の人が行き交う駅の構内に出た花梨は、途切れる事のない人の波を目にし、手を繋いでいるだけじゃ、危なそうだな。と判断する。

 そして、既に母親を探し始めている少女の前にしゃがみ込み、不安を煽らないよう温かくほくそ笑んだ。


「人がかなり多いから、私……、僕が抱っこしてあげようか?」


「……いいの?」


「うん。人とぶつかっちゃう可能性があるからね。ほら、おいで」


 そう説明した花梨が両手を差し伸べると、少女はやや戸惑いながらも、花梨の体に身を委ね、ギュッと強く抱きしめる。

 そのまま少女を優しく抱え、ゆっくりと立ち上がると、今の姿を見たら、ゴーニャ怒るだろうなぁ。と、思いつつ辺りを見渡した。


 少女いわく、母親の見た目は茶色のボブカットで、青いロングスカートを履いているらしい。

 更に特徴を聞いてみると、紺色のコートを着ていて、唇の右下に大きめのホクロがあるとの事だった。


「なるほど、分かった。そういえば、君の名前はなんていうの?」


「……ミキ」


「ミキちゃんかぁ、可愛い名前だね。よし、それじゃあお母さんを探しに行こう!」


 花梨はミキから得た情報を頼りにし、まず初めに、駅員が居ない駅の入口から探してみる事にした。

 早足で入口まで行き、辺りを舐めるように見渡してみるも、情報に該当する外見をした女性の姿はなく、肩を落として構内へと戻る。


 極力、他の駅員に鉢合わせたくないと思った花梨は、周りを警戒しながら奥へ進んでいく。


 幸いにもこの駅は地下二階まで、上は三階まであるものの、あまり入り組んではおらず、しらみ潰しに探しても、三、四十分掛かるか掛からないかぐらいの広さとなっている。

 店は主に売店が多いが、大体は外から店内を全て見渡せる構造になっており、店内に入らずとも、通路を歩きながら探せるようになっていた。

 

 人混みを避けつつ、周りを見渡しつつ歩いていると、駅員の目を避けては通れない改札口に差し掛かる。

 その改札口を目にすると、花梨は一度足を止め、人影に隠れてタイミングを見計らい、駅員の目を盗んで改札口を抜け、そそくさと奥に進む。


 幅が狭い通路を通っている途中。この街のPR広告や、話題沸騰中である映画の宣伝広告を流し見し、自分は今、多少の世間知らずになっている事を痛感させられた。


 種類が豊富な宣伝広告を眺めつつ、狭い通路を抜けると、三股に別れている道に出る。


 左側にある階段を下りれば、地下一階と二階に続く道。正面の通路を通っていけば、駅のホームへ続く道。右側の階段を上がれば、二階と三階に続いている。

 悩んだ末に花梨は、最奥の地下二階から母親を探す事を決め、左側の階段を下りていった。


 地上に比べると蒸し暑く、空気がよどんでいる地下二階まで下りると、再びミキの母親の捜索を開始する。

 地下二階は主に駅のホームが多く、これといって目立った売店も無ければ、いこいの場もそう多くはない。


 必然性に駅員が徘徊しているホームを、散策する場面が多くなると予想した花梨は、帽子を深々とかぶり、小走りでホームを駆けていく。

 なるべく顔を見られないよう、頭を下げつつ全ホームを探してみるも、居るのは電車を待っている乗客達だけで、ミキの母親の姿はどこにもなかった。


「地下二階には、ミキちゃんのお母さんはいないみたいだなぁ……。次の階に行くか」


「……ママ」


「大丈夫、必ず会わせてあげるからね」


 涙目になっているミキが弱音を漏らすと、花梨はすかさずミキの頭をそっと撫で、焦りを募らせながら地下一階に上がっていった。

 地下一階も地下二階同様、駅のホームが多いものの、レジャー施設が点々とあり、下の階よりかは多少の活気に溢れている。


 この階は新幹線が通っているせいか、お土産コーナーも点在しており、人通りもかなり多くなっていた。

 たまに、ミキの情報に似た姿をしている女性がいるも、ただ着ている服が似ているだけで、ミキの顔に笑顔が戻ることはなかった。


 次に花梨は一階を飛ばし、更なる活気に満ち溢れている二階へ上がる。


 地上ともあってか、売店やレジャー施設が豊富にあり、他にもレストランやジャンクフード店なども盛んに並んでいて、どこに目を移しても入り込んでくる。

 行き交う人の数も段違いで、花梨は見落としがないよう、歩くスピードを落として辺りをじっくりと見渡した。


 途中途中、誘惑が強い料理の匂いが鼻をくすぐってくるも、花梨は真剣な表情を崩さず、神経をすり減らしながら歩んでいく。

 そして、二階の散策が終わろうとした直前。一階と三階に続く階段がある付近で、明らかに様子がおかしい一人の女性が目に映り込んだ。


 その女性は、この世の終わりを思わせる表情で辺りを見渡しており、目にはうっすらと涙を浮かべている。

 容姿や服装を凝視してみると、ミキが言っていた情報と合致していて、花梨は慌てて女性を指差しながらミキに向かって口を開いた。


「ねえっ、ミキちゃん! あそこの階段にいる人がそうじゃない?」


「……あっ、ママッ!!」


 ミキが声を弾ませて表情を一気に明るくさせると、花梨はあの女性がミキの母親だと確信し、全速力で女性の元に走っていった。


「あのー! そこの紺色のコートを着た方ー!」


「えっ? ……あっ、ミキ!!」


 女性がミキの名前を嬉々と叫び上げると、花梨はミキを地面に降ろす。

 すると、ミキは駆け足で母親の元へ走っていき、しゃがんで待っていた母親の胸に飛び込んでいった。


「ママ、ママッ!!」


「ミキ! よかったぁ……、心配してたんだからね……!」


「ごめんなさい……、ママァ……」


 やっとの思いで母親と再会できたせいか、胸に溜まっていた不安と恐怖が一気に弾け飛び、緊張の糸が途切れ、大粒の涙を流し始める。

 その感情が安堵した母親にも移ったのか、ミキを強く抱きしめると、左目から一粒の涙が零れ落ちた。


 ミキの無事を確認でき、温もりを全身で味わった後。母親はミキを抱えながら立ち上がり、花梨に向かい何度も深々と頭を下げてきた。


「ありがとうございます……、本当にありがとうございます!」


「いえいえ、無事に再会出来てなによりです。お母さんに会えてよかったね、ミキちゃん」


「うんっ! ありがとう、お兄さん!」


 ミキに満面の笑みでお兄さんと言われると、花梨は苦笑いをしながら、私って、そんなに男っぽいのかなぁ……? と、僅かな不安を覚え、頬をポリポリと掻く。

 そして、母親とミキが数え切れないほど頭を下げ、多大なる感謝の言葉を口にし、別れを惜しみつつ一階に続く階段を下りていった。


 幸せそうでいる二人の背中を見送った花梨は、小さなため息を一つつき、ふわっと微笑む。


「お母さんが見つかって、本当によかったや。さて、私も駅事務室にもど―――」


 一仕事を終えると、流蔵りゅうぞうとゴーニャがいる駅事務室に戻る為、来た道を帰ろうとして振り返った瞬間。不意に胸元を、何かに軽く押されたような感触が走る。

 キョトンとして胸元に目をやると、そこにはA4サイズぐらいの黒革のカバンと、それを抑えている白い手袋をした手が映り込んだ。


 そのまま視線を、白い手袋から腕に移していくと、呼吸を荒らげて腹を抑えている駅員が、蒼白した顔で花梨の事を睨みつけていた。


「あ、あの〜……。わた、僕に、何か用で?」


「す、すまない……。急に耐え難い腹痛が……。た、頼むっ! 次の電車の運転を変わってくれ!」


「……へっ?」


「一階三番線ホーム! 終着駅まで各駅停車の電車だ! た、頼んだぞっ!」


 見るも無残な表情でいる駅員が、早口で説明を終えると、凄まじい速度で近くにある男性トイレに駆け込んでいった。

 状況がまったく飲み込めていない花梨は、丸くした目を手渡された黒革のカバンに向けると、徐々に自分が置かれた状況を理解し出したのか、「えっ? えっ!? えぇーーーっ!?」と叫び上げる。


「い、今のは乗務員さん? えっ、もしかして私が電車を運転するの? 嘘でしょっ!? ど、どうしよう……。と、とりあえず流蔵さんに電話しないと……」


 偽物の駅員から、偽物の乗務員に昇格した花梨は、震える手で携帯電話を取り出し、この前登録したばかりの流蔵に電話を掛け始める。

 底無しの焦りをどんどん募らせ、ワンコールが永遠にも長く感じる心境の中。三回目でコール音が途切れ、代わりに流蔵の声が聞こえてきた。


「どないした花梨、母親は見つかったかー?」


「み、みっ、見つかり、ましたが……。一つ、大きな問題が、発生してしまいまして……」


「おおっ、よかったやないか! しかし、なんや問題て?」


「そ、そのっ……。なんか流れで、これから電車を運転する事に、なりました……」


「はあっ!? どういう流れでそうなるんや!! そもそもお前さん、電車の運転なんか出来るんかいな!?」


「一応、この路線で何回かは、運転した事が、ありまして……」


「あるんかい!! ……で、どうするんや?」


「えと、ダイヤが乱れて大変な事になるかもしれないので……。運転、してきます……」


「マジかいな!? お前さん、人が良すぎるでホンマ!」


「ま、まあ各駅停車らしいので、ここから十五駅もないですし……。すみません、引き続きゴーニャをよろしくお願いします」


「それはいいが……。なんかあったら、またすぐに電話をするか、すぐさま逃げるんやで?」


「分かりました、それでは……」


 震えが収まりつつある手で通話を切ると、暴れている鼓動を落ち着かせる為に、大きく息を吸い、更に大きなため息をついた。


「さてと……。私が運転した時は、ワンハンドル・マスコンだったけど、今はどうなんだろ? 変わっていない事を祈ろう……。えと、一階の三番線っと……」


 急遽、電車を運転する羽目になった花梨は、当時の薄れた記憶を必死に思い出しつつ、目的地となった一階の三番線ホームに足を進めていった。

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