100話-10、決して触れてはいけない表裏

「ねぇ、花梨っ。この人達が、前に話してくれた人魚なのっ?」


 会話の流れに一段落がつき、輪に入るタイミングを伺っていたゴーニャが、質問を投げ掛ける。


「うん、そうだよ。こちらの方が翡翠ひすいさんで、こちらが紅柘榴べにざくろさん。今は人間形態になってるけど、れっきとした人魚さんなんだ」


 改めて皆にも分かりやすく伝わるよう、花梨が翡翠と紅柘榴へ手の平をかざすと、紹介された二人が個性ある会釈を返した。


「いきなりお邪魔して申し訳ございません。人魚の翡翠と申します」


「同じく紅柘榴です。ここにはちょいちょい来てるんで、よろしくお願いします」


 二人も改めて名乗ると、とりあえずにとクロ、二人に興味が無さそうなぬえ、流れでかえで茨園いばらぞのも簡単に名乗っていく。


「秋風 ゴーニャですっ」


「秋風 まとい。よろしく」


「ん? 秋風?」


「花梨さんと同じ苗字という事は、もしかして?」


 花梨と容姿がまっまく似つかないゴーニャと纏に、いまいち確信を持てていない翡翠が、きょとんとさせた顔を花梨へ移す。


「はい。私達は三姉妹です」


「あっ、やはりですか」


「へぇ〜、秋風の妹。……へぇ」


 出そうとした言葉を喉に引っ掛けた紅柘榴は、ゴーニャは分からねえけど、纏は妖怪だよな? これ、言っちゃいけねえヤツか? と空気を読み、纏をじっと見つめた。


「姉がいつもお世話になってます」


「あ、ご丁寧にどうも。……あんたのほっぺ、柔らかそうだな」


「触る? 初回はサービスでいいよ」


「いいのか。んじゃ、お言葉に甘えて」


 口に出来ない好奇心を紛れさせようと、無理やり絞り出した好奇心の許可を得られた紅柘榴は、纏の両頬を軽くつまんだ。


「……あ、やべえ。すげえモチモチしてて、クセになりそう」


「ほっぺには自信ある」


「ゴーニャさんのほっぺたも、すごく柔らかいです」


「翡翠の手、ちょっぴりひんやりしてて気持ちいいわっ」


 紅柘榴と同じく、ゴーニャの相手をしていた翡翠も許可を貰い、両手でゴーニャの頬をそっと持ち上げては、ぷるんぷるんと揺らしていく。

 見た目以上に柔らかく、ずっと触っていたい二人の頬をいじくり回してから、約十秒後。

 早々に飽きてきた紅柘榴が、おもむろに纏を抱き上げ、話題を変える為にクロへ体を向けた。


「それにしてもクロさんって、『黒い風神』と謳われた、天狗の里歴代最強のおさ様じゃねえか。生では初めてみたけど、凛々しくてカッケェ」


「そうなんだ。でも、すごく優しそうな目をしてるよね」


 紅柘榴の真似をしたかったのか。翡翠もゴーニャの体を優しく抱っこし、紅柘榴の横に付く。


「忘れた頃に出てくるな、その二つ名……。けど、カッコイイとか優しいとかは、あまり言われた事がないな。ありがとよ」


 あまり触れられたくない箇所を撫でられるも、素直なフォローが功を奏し、複雑な気持ちで凛とした苦笑いを送るクロ。


「あとさ、紅柘榴。楓さんって、『妖狐神社』で神楽を踊ってた人じゃない?」


「やっぱ、そうだよな? けどよ? 楓さんって、確か天狐様だったよな? そんな偉い人と、温泉街の中で会えるもんなのか?」


「てん、こ?」


 情報屋の紅柘榴とは違い、妖怪についての知識をあまり持ち合わせていなかった翡翠が、首をかしげる。


「天狐様っていうのは、千年以上生きて神格化した善狐。簡単に言っちまうと、神様みたいな人だぜ」


「ええっ!? 楓さんって、神様なんですかっ!?」


「ほっほっほっ。なんとも初々しい反応じゃ。確か翡翠と紅柘榴は、一月二日に神楽を見に来てくれていたの」


 神様に近し者から、見学に来た日付まで言い当てられると、驚いた翡翠が「ええっ!?」と声を上げる。


「私達の事を、覚えてくれていたのですか?」


「もちろんじゃ。見に来てくれた者の顔は、全員覚えておる。そして今日、お主らの名前もしかと記憶したぞ」


「……お、おお、マジか。俺らが天狐様に認知されちまった。こ、幸甚こうじんの極みです」


「あ、ありがたき幸せ、です!」


 よもや、天狐に顔や名前まで覚えられるとは、夢にも思っておらず。珍しく萎縮した紅柘榴が、態度まで改めて。

 神様と聞き、ガチガチに緊張した翡翠は、ギクシャクしつつ深々とお辞儀をした。


「やっべぇ……。嬉し過ぎて、今日ぜってえ眠れねえわ。んで、別のベクトルですっげえのが……」


 猫又の莱鈴らいりんほどではないが、一端の情報屋として血が騒ぎ始めた紅柘榴は、あくびをしていた鵺に、纏を地面に置いてから恐る恐る近づいていき。

 目の前まで来ても、顔を合わせようとしない鵺へ、恐れながらも顔を寄せていった。


「あの、すみません。鵺さん、ですよね?」


「そーだけど」


 まるで興味を持ち合わせていないぶっきらぼうな返事に、紅柘榴は、この人、他の人と違ってマジで怖え……。と慄きながらも、一文字にさせていた口を開いた。


「お、俺らの界隈で、一時騒然して荒れまくった風の噂を聞きまして……。その、えと……、崇徳すとく───」


「ちょっとこっちに来い」


 紅柘榴が、崇徳天皇の元へカチコミしに行った事を聞こうとするも、ドスの効いた声で遮った鵺が、紅柘榴の肩に手を回し、強引に花梨達から距離を取り。

 十メートルほど離れると、鵺はチラリと花梨に横目を流した後。萎縮している紅柘榴へ、グイッと顔を近づけた。


「よお? 紅柘榴とか言ったな。情報屋だか何だか知らねえが、聞く場所と相手を弁えた方が身の為だぜ?」


「……そ、そうみたい、ですね。ほんと、しゃしゃり出てすみません……」


「分かればいい。秋風と面識があるみてえだし、それに免じて許してやる。よかったなあ、秋風と知り合いになってて。もし秋風と赤の他人のまま、私に同じ質問をしてたら、てめえを人気ひとけのねえ裏路地まで連れて行ってた所だぜ?」


「ひ、ヒィッ……」


 鵺の裏の顔をしこたま垣間見せられ、瞬時に肝を冷やすが、情報屋としての火までは鎮火しておらず。

 命に危機を感じるも、秋風のワードが気になった紅柘榴は、懲りずに「……あ、あの、鵺さん」と恐怖で震えた口を無理やりこじ開けた。


「連投は無しだ。翡翠、てめえもちょっとこっちに来い」


「え!? ちょ、鵺さん! 俺は何されてもいいですから、翡翠に手を出すのだけは勘弁して下さい!」


「ドアホ、私をなんだと思ってんだ。逆だよ逆」


「……へ? 逆?」


「はい、なんでしょ……、わっ!」


 自分のせいで、関係の無い翡翠が何かされると紅柘榴が危惧するも、鵺がしかめっ面で宥め。

 何も知らぬまま近づいてきた翡翠の肩に、鵺はノールックで腕を回し、体を一気に寄せ付けた。







──────────

次回の更新は10/18になります。

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