100話-11、最愛の者と知り合いだからこそ

「てめえら、秋風と仲良さそうにしてっけど。秋風とはどういう関係なんだ?」


「花梨さんとの関係、ですか?」


 突拍子もない鵺の質問に、翡翠はぽやっとした表情を、あくまで冷静を装っている紅柘榴へやった。


「お菓子の作り方を沢山教わったから、先生かな? それとも、お知り合い?」


「ほう〜、先生や知り合いねえ。これからも秋風とは、よくつるむつもりでいんのか?」


「はい! 秋国に来た際は、お会いするつもりでいます。あっ、そうそう! ねえ、紅柘榴!」


「な、なんだ?」


 鵺と身を寄せ合いながらも、マイペースに話を切り替えた翡翠が、どこか嬉しそうにしている眼差しを紅柘榴へ送る。


「さっきクロさんに、ここでお菓子を作るなら、永秋えいしゅうの食事処にある台所を使っていいって、許可を貰えたよ」


「え、永秋!? 永秋って、ここで一番人気の温泉旅館だぞ? よく、そんな許可を貰えたな」


「なんでもクロさんは、永秋の女将と料理長をやってるらしくてさ。それで作ったら、私にも食わせてくれって楽しみにしてくれてたよ」


「ま、マジで……? あの人、そんなすげえ人だったのか」


「ちなみに、ぬらさんは永秋と秋国の総支配人だぞ」


 鵺のあっけらかんとした補足に、油断していた紅柘榴が目をギョッとさせる。


「その驚いたような反応、知らなかったのか?」


「は、はい。まったく知りませんでした……」


「ハッ。それでよくもまあ、情報屋って名乗れたもんだぜ」


「秋国に関しましては、莱鈴らいりんさんと酒天しゅてんの所しか行ってないので、他はてんでからっきしです……」


「ああ、そうなのか。良い所なのに、勿体ねえ事してんなあ」


 先ほどの、死を匂わせる一即触発な雰囲気から一転。姉御肌を垣間見せる笑みを浮かべた鵺が、「でよ、翡翠」と話を戻した。


「紅柘榴はちょくちょく陸に上がってそうだが、お前はどうなんだ?」


「私ですか? え〜っと、今日で三回目だったっけ?」


「そうだな。お前が去年、総大将さんの所に行った一回。一月二日と今日ここに来たから、それで合ってるぞ」


 陸に上がった正確な回数に自信が無かった翡翠へ、紅柘榴がちゃんと合っている事を伝える。


「ほ〜ん。それで、クロとそんな約束を交わしたのか。ちなみになんだが、翡翠。お前、一人でここに来るつもりは無えよな?」


「えっ? 道を覚えてるから来ようと思っているのですが、ダメなのですか?」


「いや、駄目に決まってんだろ。なんか見てて危なっかしそうだし、良いもんあげるから付いてきなって言われたら、なんの疑いも無く付いていきそうだしよ。なあ、紅柘榴」


 上陸してからまだ間もなく、外の危なさを何も理解していなさそうな翡翠に、鵺は包み隠さず指摘し、相方の紅柘榴に振った。


「まあ、そうですね。たぶんこいつ、詐欺とか速攻信じて余裕で引っ掛かるタイプです」


「だよなあ? 紅柘榴。こいつがここに来たいって言ったら、必ず同行しろよ?」


「はい。それに関しては重々承知してます」


「それならいい。んでだ、翡翠」


 翡翠の為を想い、紅柘榴が翡翠を単独行動させない事を誓うと、満足した鵺が更に話を進めていく。


「お前、携帯は持ってるか?」


「けーたい? けーたいってなんでしょう?」


 何かのお菓子ですか? と言いたげな翡翠の眼差しに、鵺は「あ、そういうレベルなんだな」と陸の文明にほとんど触れていない事を把握し。

 今説明しても時間の無駄だと、早々に見切りを付けると、翡翠に合わせていたジト目を紅柘榴に戻した。


「流石に、お前は持ってんだろ?」


「一応、特別製防水仕様のスマホを持ってますけど……」


「うっし。なら、私の電話番号とメルアドを教えてやっから、お前のも教えてくれ」


「え? ……それってつまり、交換って事ですか?」


 唐突な鵺の提案に、確認を意味を込めて返した紅柘榴へ、鵺は「そっ」と軽く口にした。


「何か困った事があったら、迷わず私に電話しろ。必ず電話に出て、助けてやっからよ」


「助けるって、翡翠をですか?」


「それもそうだが、内容は別になんでもいい。翡翠然り、お前然り、お前らの里に居る奴ら然りだ」


 細かに答えると永遠に質問が増えていきそうなので、先回りして里規模まで助けると確約した鵺が、口角を雄々しく上げる。

 しかし、会ってから間もなく、先ほど心の芯まで凍りつく脅しを掛けられたのにも関わらず。翡翠、自分や里の皆まで、何かあったら助けてやるといきなり言われても、すんなり信じられる訳がなく。

 何か裏があるんじゃないかと疑った紅柘榴は、状況を理解していなさそうな翡翠に視線を一度持っていき、鵺へと流した。


「……あの、鵺さん? 俺達、さっき会ったばかりですけど、なんでそこまでしてくれるんですか?」


「なんでって、お前らが秋風の知り合いだからだよ」


「へっ? ……それだけで、なんですか?」


「そうだ。だからクロも、永秋の厨房を貸してやるって翡翠に言ったんだろうし。なんなら、ぬらさんや楓も、なんかあったらお前らを助けてくれると思うぞ」


 花梨と知り合いなだけで、自分や翡翠、行った事の無い里も助けるだけではなく。

 出会ってから、数回した会話を交わしていない妖怪の総大将、天狐まで助けてくれるだろうと言い放った鵺が、何か悪巧みでも思い付いたのか。口角をいやらしく釣り上げた。


「ここで会ったのも何かの縁だ。私がクロとぬらさんと楓に電話番号を交換してくれって、交渉してやろうか?」


 先ほどまで、小声で話していたのに対し。あえて三人の耳にも届きそうな大声で、わざとらしく口にした鵺に、耳を疑った紅柘榴が「ええっ!?」と更に大きな驚愕声を発した。


「いっ、いやいやいやいや!? そんな恐れ多過ぎる方々と、電話番号の交換なんて出来ないですよ! それに───」


「ワシらがなんじゃって?」


 ここぞとばかりに、千里眼で三人の様子をこっそり覗いていた、何食わぬ顔をした楓を筆頭に。

 本当に何も知らないクロとぬらりひょんも、呼ばれた気がしただけで、鵺達の周りに集まってきた。


「よお、楓。こいつら、秋風の知り合いだろ? 何かあったら私が助けてやるっつって、携帯番号の交換をしようとしてんだがな? ついでに、ぬらさん達の携帯番号も交換しといたらどうだって、話してた所なんだ」


「ちょ、ちょっと鵺さん!? あ、あの、ほんと、ほんっと大丈夫ですか! そもそも───」


「なるほどのお。それぐらいなら、お安い御用じゃ」


「俺みたいなぽっと出で、訳分からない奴なん、かと……、ほぇ?」


 妖怪の総大将や神に等しき天狐、かつて『黒い風神』と謳われた最強の女天狗が、出会ったばかりの無名の人魚なんかに、携帯番号を教えてくれる訳が無いと、必死になって説得しようとするも束の間。

 楓の二つ返事が耳に届くと、紅柘榴は一気に黙り込み、呆け切って点になった目を楓にやった。


「……あぇ? あの、い、いいん、ですか?」


「ああ、よいぞ。携帯の番号ぐらい、いくらでも教えてやる」


「翡翠、または身近に居る人物と連絡が出来る手段が、ワシも欲しかったんだ。ワシのでよければ、是非交換しよう」


「んじゃあ、ついでに私のも教えておこうかな」


 嫌な顔一つせず、糸目を妖々しく微笑ます楓に、人魚の里関係者の連絡網が欲しかったぬらりひょん。

 花梨の知り合いならばと、警戒心をまったく持っていないクロも携帯電話を取り出し、いつでも番号を交換出来る態勢になった。


「い、いいんだ……。いやでも、携帯電話の番号は大事な個人情報ですよ? 総大将さんはともかく、楓様とクロさんは、何故俺なんかと交換してくれるんでしょうか?」


 情報屋が故、個人情報の大切さを説くと同時に、無条件で交換してくれる理由を知りたかった紅柘榴が、二人の顔を交互に見返していく。


「そうじゃな、特に深くは考えておらん。まあ、強いて言えば、お主が花梨と繋がっておるからかのお」


「私も、楓や鵺と同じ理由だ。頼れる者は、多ければ多いに越した事は無いだろ?」


「ま、まあ、そうなんでしょうけれども……」


 花梨と知り合っただけで、秋国の三強と連絡がすんなり取れるようになれる事実に、呆然とした紅柘榴は、……秋風って、もしかしてすげえ人間なのか? と、薄々気付き始め、ニヤニヤしている鵺を見やった。





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次回の更新は11/1になります。

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